<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第2弾では首相の好き嫌いは与野党の好き嫌いとどう関係するのか、東京大学大学院情報学環教授・前田幸男氏が解説する> (ニューズウィーク日本版より転載)
前田幸男(まえだ・ゆきお) 東京大学大学院情報学環 教授
1969年、福岡県福岡市生まれ。東京大学法学部卒業、同法学政治学研究科修士課程修了。米国ミシガン大学政治学博士号取得。2002年に東京都立大学法学部助教授に着任。2006年に東京大学大学院情報学環助教授、2016年から同教授。
いわゆる55年体制の時代、内閣支持率は大きな関心の対象ではなく、内閣の命運は自民党派閥の力学で決まっていた。例えば、海部俊樹内閣は派閥力学により退陣を余儀なくされたが、時事通信の調査で最終支持率は44.2%と高いものであった。
内閣支持率が重要になるのは、選挙制度改革と中央省庁再編で、首相を支える制度基盤が強化されてからである。小泉純一郎内閣になると、「小泉劇場」という言葉が流布し、内閣支持率の高さが話題になった。
複数の報道機関が世論調査の方法を、伝統的な「訪問面接調査」から、即時に調査を実施し、即時的な報道が可能になる「ランダム・ディジット・ダイアリング法(RDD法)」に切り替えたのは、奇しくも、小泉政権期と重なっている。それ以降、内閣支持率の推移は、メディアや世間において多くの関心を集めてきた。
今回、「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)における新しい取り組みのひとつは、歴代の首相に対する「好き嫌い」をまとめて尋ねたことである。好き嫌いは支持そのものではないが、過去の内閣に対して、「あなたは〇〇内閣を支持していましたか」と記憶にもとづいた回答を求めるより、有権者の首相評価を回顧的に尋ねる上では、有益な方法だと考えている。
対象となるのは、小泉から岸田文雄にいたる歴代9人の首相である。具体的には、「歴代の首相についてご意見をお聞かせください。同じく、0を『とても嫌い』、10を『とても好き』とします。あなたの好き嫌いはどこに位置しますか。それぞれについて1つずつお選びください」と尋ねている。11点尺度の分布を、各首相についてグラフにしたのが、図1である(縦軸は%)。
グラフの形状からは、有権者が明確に歴代首相を区別した上で、好き嫌いの感情を抱いていることがうかがえる。群を抜いて好かれているのは小泉(平均6.6点)であるが、安倍晋三への好感度は、菅義偉への好感度と並び、その次に高い(5.4点)。その他の首相は、平均値が中間を意味する5点よりも小さいので、どちらかといえば嫌われていることになる。
SMPP調査では、有権者が抱く政治についての考えを、「リベラル」(0)から「保守」(10)までの11点尺度で尋ねている。その11点尺度毎に各首相への好き嫌いの平均値を求めて、グラフにしたのが、図2である。グラフの中に2つの変数の直線的な関係の強さを表す相関係数(r)も参考のために掲載している。視覚に基づいた解釈には注意が必要だが、「リベラル」や「保守」という考えに沿って好き嫌いが分かれる首相と、関連がはっきりしない首相がいるように見える。
2000年代に首相を務めた小泉や福田は中間的立場の有権者から好かれ、両端の有権者からは嫌われる傾向がある。民主党政権の3首相については、何故か「リベラル」寄りの2点の位置でそれぞれ一番好かれている。相関係数を手がかりにすると、菅直人(-0.20)に対する好き嫌いが3人の中ではイデオロギーとの関係が強いようである。
それに対して、第2次安倍政権の主要閣僚の安倍、麻生、菅の3人、中でも安倍はグラフの形状から見る限り、「保守」から好かれ「リベラル」から嫌われるという関係がはっきりしている。特に安倍は、「リベラル」側から「保守」側に移動するに連れて、好感度が上がっていくことが明確である。
国会において多数を占めた政党により首相は選ばれるので、首相に対する好き嫌いと与党に対する好き嫌いが強く関連するのは当然である。ただし、首相に好感を抱く有権者が常に野党を嫌う訳ではない。SMPP調査では、首相に対する好き嫌いを尋ねるのと全く同じ形式で、各政党についての好き嫌いを尋ねている。便宜上、11点尺度で測定した首相の好き嫌いを「とても好き」(10、9)、「好き」(8、7、6)、「中立」(5)、「嫌い」(4、3、2)、「とても嫌い」(1、0)の5つに分けたうえで、各グループについて政党に対する好き嫌い尺度の平均値を計算した。
ここでは、小泉、野田佳彦、安倍、そして岸田の4人について、自民党と立憲民主党に対する好き嫌いの尺度のグラフを図3として掲載する。自民党に対する好き嫌いは青、立憲民主党に対する好き嫌いは緑のグラフであるが、左側に与党、右側に野党が配置されるように、野田だけはグラフの左右を入れ替えている。
小泉については、好感度が上がるほど自民党に対する好感度も立憲民主党に対する好感度も上がっているが、それは小泉が超党派的な人気を誇ったことの現れだろう。
野田と岸田については、それぞれへの好感度が上がると、与党への好感度も上がる。ただし、野党への好感度との関係はハッキリしない。首相を好きだからと野党を嫌いになるという力学は働いていない。
それに対して、安倍については、好感度が上がるほど与党への好感度が上がると同時に、立憲民主党への好感度は下がるという関係が見られる。与党への好感度の上がり方に比べると野党に対する好感度の下がり方は小さいが、首相の評価が野党への評価へと連動する必然性はないことを考えると、不思議ではない。麻生と菅の場合も同様のパターンを示す。
首相に好意的だと野党を嫌うというパターンは小泉、福田康夫、岸田、そして民主党政権の3首相には見られないものであり、第2次安倍政権は、それ以前の政権と比べると、与党支持者と野党支持者の間の対立を深いモノにしていたとは言えるだろう。安倍が、立憲民主党や共産党に対して、首相としては異例なことだが、時にケンカ腰とも言えるような態度で議論に臨んだことが原因ではないかと思われる。
首相のリーダーシップのスタイル次第によって、有権者の間の政治的議論が感情的になるのか、あるいは、冷静になるのかが左右されることは決して望ましいことではない。首相の立ち振る舞い自体が有権者の間の対立を深める傾向が今後も続くのか、それとも首相の交代により弱まるのかを、これから注視していく必要があるだろう。
(2024年2月2日(金)17時00分掲載 ニューズウィーク日本版より転載)
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