「『政治と関わりたくない人たち』がもたらす政治的帰結」小林哲郎

2024.04.01
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<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第6弾では、政治にかかわりたくない層の増加は、何をもたらすのか、早稲田大学政治経済学術院教授・小林哲郎氏が解説する>(ニューズウィーク日本版より転載)

 

小林哲郎(こばやし・てつろう) 早稲田大学政治経済学術院教授

東京都出身。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(社会心理学)。国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授、スタンフォード大学コミュニケーション学部客員研究員、香港城市大学メディアコミュニケーション学部准教授を経て、2023年より早稲田大学政治経済学術院教授。社会心理学をベースとした政治コミュニケーション、政治心理学、世論研究に従事。


筆者は2015年末から2023年8月まで香港の大学で勤務したことから、2019年から2020年にかけて香港で発生した大規模なデモとそれに対する政府の弾圧を間近で目にする経験を得た。2019年6月、人口約740万人の香港で200万人(主催者発表)もの人々がデモに参加。レストランや小売店が民主派vs.親政府派・親中派に色分けされて、ボイコットやバイコットが日常的に行われていた。さらに、コロナワクチンを接種する際ですら中国製を選ぶか否かという選択肢さえもが政治化。生活の隅々にまで政治的な対立が行き渡っており、好む・好まざるに関わらず、政治に関与することはごく普通のことであった。

一方、日本は政治参加の水準が極めて低く、国民が投票以外の政治参加をほとんどしない「最小参加社会」(『政治参加論(2020)』蒲島郁夫・境家史郎)である。政治に対する不満や不信、将来に対する強い不安はあるものの、投票以外の行動には移さない。さらに、少数ながらデモに参加するような、政治的にアクティブな人に対する視線も冷たい。

筆者らが行った研究では、日本人は政治的なデモ参加者と同僚になったり食事に行ったりすることを強く忌避する傾向を示した(『Why are politically active people avoided in countries with collectivistic culture? a cross-cultural experiment. Journal of Cross-Cultural Psychology(2021)』Testuro Kobayashi, et al)。また、こうした傾向がみられるのは研究対象となった9の国と地域(米国、英国、フランス、ドイツ、日本、中国、韓国、インド、香港)のうち、日本と中国だけであった。日本人は政治参加しないだけでなく、政治参加する人を避けるのである。

政治学における分断の研究は、人々が政治的な立場や意見を持っていることが前提となっている。イデオロギー的な対立があるということは、人々が自分のイデオロギー的位置を自覚しているということだし、より感情的な極性化においても、自分がどのような党派に属しているのかを認識している必要がある。

しかし、こうした分断の定義では、政治的なアリーナから完全撤退してしまった人たちを取りこぼしてしまう。「できれば政治とは関わりたくない」という人々にとってイデオロギーや党派性の意味は薄く、既存の分断の軸にはうまく位置づけられない。むしろ、「最小参加社会」日本における分断は、政治に(まだ)関与し続ける人々と、政治的な領域から撤退した人々の間にこそ立ち現れるのではないか。こうした関心のもと、「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)では政治との距離を測る項目がいくつか盛り込まれた。

政治に対する忌避は、政治的疎外や政治的不信などの概念で研究されてきた。日本では、池田謙一が私生活志向という概念に基づいて、2000年代の小泉純一郎政権期にいくつかの重要な知見を提出している。しかし、2010年代に私生活志向に関する研究はあまり行われず、私生活志向が今の日本で上昇しているのか、私生活志向が何をもたらしているのかについての知見がアップデートされていない。そこで、ここではまず、過去のデータとSMPP調査を比較して私生活志向のトレンドを見てみよう。

池田(『政治のリアリティと社会心理:平成小泉政治のダイナミックス(2007)』池田謙一)によれば、私生活志向には「政治非関与」と「私生活強調」という2つの下位概念が存在する。ここではそのうちの「政治非関与」に注目する。政治非関与は以下の5項目で測定される。

・政治とは自分から積極的に働きかけるもの(反転項目)
・政治とは監視していくもの(反転項目)
・政治とは、なるようにしかならないもの
・政治的なことにはできればかかわりたくない
・私と政治との間に何の関係もない

この5項目のデータを合成することで「政治非関与」の尺度を作る。この尺度は0から1までの値をとるように変換されている。高い方が政治に関与しない傾向が強い、つまり政治との距離が大きいことを示す。まったく同じ5項目が測定された過去の全国調査データと合わせてプロットすると、図1のようになる。

 

図1 政治的非関与の推移

 

2000年代は0.35~0.4の間でほぼ安定していたのが、2023年のSMPP調査ではもっとも高い値になっている。SMPP調査が郵送調査であり、2000年代のデータが対面インタビュー調査である差異に注意する必要があるが、「政治とは関わりたくないし、監視もしたくない」といったような「私生活志向」は上昇傾向にあるのかもしれない。

政治とは関わりたくない人が増えると、どのようなことが生じるだろうか? ここでは、「自助努力志向」との関連をみてみよう。自助努力志向とは、「自分の世代にプラスにならない年金保険料を払う必要はない」「税金を負担しても、行政サービスとして十分な見返りを得ていない」「自分の将来の生活は自分や家族だけが頼りで、政府や制度に頼れない」「全ては自助努力、政府に頼るな、と思う」の4項目を合成して作成された。値が大きいほど、政府が提供する社会保障などのサービスには頼らずに何でも自助努力、自己責任で生きていこうとする傾向が強いことを示す。

政治に関与し続ける人々が必要

この自助努力志向を、私生活志向とイデオロギー、および性別、年齢、学歴で説明する回帰モデルを推定すると、図2のような結果が得られた。この図は、私生活志向やその他の要因が自助努力志向とどのように関連しているのかを表しており、0よりも右側に●があれば、自助努力志向と正の連関を、左側にあれば負の連関があることを示している。特に、●の両側にあるバーが0の赤い線を跨いでいない場合に統計的に有意な連関があることになる。したがって、私生活志向は、その2つの下位概念(政治非関与と私生活強調)の両方において、自助努力志向と正の有意な関連をしめしていることになる。

 

図2 自助努力志向を説明する要因の効果

 

つまり、政治には関与せず、私生活の中で閉じて生きていこうとする人々は、公的なサービスに期待せず自助努力だけでやっていこうとする傾向が強い。このことは、彼らの公助に対する支持が弱いことを意味しており、「政治と関わりたくない人たち」が増えることで、ますます自助、自己責任が強調される社会になる可能性を示唆している。興味深いのは、こうしたいわゆる「小さな政府」を目指す志向は、保守的なイデオロギーと相関することが予想されるにも関わらず、イデオロギーと自助努力志向は関連を示していない。日本では公助と自助の選好が、「大きな政府」vs.「小さな政府」の文脈ではなく、政治に関わるか関わらないかという分断の中に位置づけられている。

こうした自助努力志向は、政府が財政健全化を目指して公助の規模を縮小したいと考える場合には都合の良い態度になるだろう。政治への関与をあきらめ公的な領域から撤退してしまう人々が増えることは、実は公的なサービスやセーフティネットの縮小につながりかねないのである。社会の問題を自助、すなわち個人的に解決するのではなく、社会全体で集合的に解決していくためには、政治に関与し続ける人々が必要である。

■SMPP調査・第1回概要

(2024年2月13日(火)17時00分掲載 ニューズウィーク日本版より転載)

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