「統治の不安と分断がもたらす政治参加」池田謙一

2024.04.01
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<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第7弾では、人々の「統治への不安」は、どんな行動につながるのか、同志社大学社会学部メディア学科教授・池田謙一氏が解説する>(ニューズウィーク日本版より転載)

 

池田謙一(いけだ・けんいち) 同志社大学社会学部メディア学科教授

東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学研究室で21年教鞭を執った後、2013年4月より現在まで同志社大学社会学部メディア学科教授。政治コミュニケーション、政治文化、政治参加に関わる国際比較調査を続けている。日本人の統治の不安に関わる英語単著を2023年に出版した。


いま、社会や国の行く末が見えない。2020年からの新型コロナウイルス災禍、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの紛争、来る米大統領選挙の行方、東・東南アジアにおける中国の伸張への緊張感など、暗く不透明な将来の予感には枚挙にいとまがない。世界的な「民主主義の後退」さえ戻る気配がない。

既存の調査結果から見る「統治の不安」の構造

このように事態が大きく動き始める前から、日本人は国の将来や行く末を案じてきた。自国が戦争やテロや内戦に巻き込まれるのではないか。あるいは自身が失業したり、家族が十分な教育を受けられないのではないか、といった懸念を強く感じてきた。

2010年から2020年にかけて二度実施された国際比較研究の「世界価値観調査」では、日本の経済レベルや国際的な平和の指標や教育のレベルに比して、この懸念は過剰なほどであった(池田、2019、2023)。ただし、不安やリスクの認識は高いものの、「国が民主的に統治されている」と考える日本人では、過剰な懸念は多少とも抑えられていた。

筆者はこの懸念を日本人の「統治の不安」の表れだと考え、さらにその内実の心理構造を明らかにしようとした。2021年の衆院選に際し、図1に見るような「日本の政治は、何か誤った方向に進むのではないかと心配である」など5設問を尋ねたところ、7割前後の不安表明の回答が多く、2023年にかけての4回の調査でも継続していた。

この5回答に見る統治の不安の心理は、コロナ災禍に対する政府の対策に対する低評価に強力に寄与していた。コロナによる実際の感染の恐怖や職業的な負の経験などよりも、将来の統治の不安こそが政府への直近の評価にも大きくインパクトを持っていた。

また岸田首相の最初の衆院選調査の分析は、統治の不安が日本政治の長年のマイナス面の累積によってビルドアップされてきたことを示していた。つまり諸政党に対する全般的な低評価、政権担当力があると認識される政党の少なさ、内閣に対する低い将来期待、政治に対するエンパワーメント感覚の弱さ、といった要因である。

 

図1

 

分断軸のひとつとしての統治の不安

では、統治の不安は、社会の分断とどのように関わるのだろうか。本連載シリーズで見てきたように、我々の「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)は、日本では米国とは異なる形での分断があることを示している。

日本の分断の軸として我々が注視したのは5つの分断軸である。既に今回までのシリーズで、分断軸1:「イデオロギー」(早稲田大学社会科学総合学術院教授 遠藤晶久)、分断軸2:「政治との距離」(早稲田大学政治経済学術院教授 小林哲郎)、分断軸3:「道徳的価値観」(東京工業大学環境・社会理工学院准教授 笹原和俊)、分断軸4:「リーダーシップ・スタイル」(東京大学大学院情報学環教授 前田幸男)が検討されてきた。今回は分断軸5の持つ意味をみよう。

国や社会の統治に対する市民の判断の乖離や差異が生む第5の軸、それが「統治の不安」である。社会や政治の将来の見通しの「悲観者」VS「楽観者」の違いは何かを見るのである。統治の不安が高く、分断を深刻に受け止めるとき、日本人は政治に関与し、分断を克服し、国の将来の不安を払拭しようと、政治に働きかけ得るのだろうか。

「分断」と「統治の不安」の二重構造が投票外の政治参加を促進する

日本社会の中の多次元的な対立の中で(遠藤記事)、今回は、全体として対立をどの程度、多様に認識しているかの尺度を作成し(対立していると認識する領域の数を加算:最大18ポイント:図2右)、この分断対立の軸と日本の民主的統治度の認識(図2左)が、日本人の政治への関与の中でいかなる意味を持つかを示そう。多変量解析という分析の手法部分は省略するが、見いだされたのは2点である。

 

図2

 

第1に、図3に見るように、投票に行くかどうかという制度化された政治参加には、国が民主的に統治されていると認識するほど投票するという度合いは高いが、統治の不安や対立の認識とは関連していない。これと対照的に、投票以外の政治への関与を示す投票外参加、つまり誓願書の署名、寄付やカンパ、地域ボランティア参加、政治家や役所との接触、市民運動・住民運動への参加、デモ参加などの行動に対しては、統治の不安の高さや対立の認知が強いことが促進要因であった。

 

図3

 

第2に、投票外参加の構造をより詳細に検討すると、図4に示すように、日本の民主的統治の度合いを低く評価し、しかも対立を強く認識していると、投票外政治参加は大きく促進される。図の最右の4本のバーは対立の認識が高いグループ内での統治度認識の差を示しているが、ここで差は最大となる。逆に、対立していても民主的統治度認知を信じる限りそれほど参加は推進されず、図の左側の対立認知の低いグループと参加度の差異はない。

 

図4

 

まとめると、投票という制度の下での行動には対立の認識に大きなインパクトはないが、投票の外での政治参加には、国がまともに統治されていないと認識し、統治の不安があるようなときに対立が参加を加速する。ならば、投票外参加は分断を加速させるだけなのか、あるいは分断から抜け出すには日本の民主主義を心配して投票以外の場で政治に関わるしかないのか、よく考える必要があるだろう。

連載シリーズの終わりに

第1回目のSMPP調査では、日本で現在生じている「分断」と「対立」の社会的なリアリティを明らかにしようと試みてきた。それは米国で起きていることと同じではない。日本における分断と対立が何をもたらし、どんなインパクトを持ち得るかは、日本のデータを精査した上でしか予測も対応策の検討も出来ない。

SMPP調査は、10年をかけて(2年ごとに5回調査する)日本人の価値観を追うプロジェクトである。我々はこの調査を通じて、日本の分断の構造が何をもたらすかを追跡し、またそこでメディアが果たす機能を明瞭に議論できる基本データを提供していきたいと考えている。

■SMPP調査・第1回概要

(2024年2月15日(木)17時00分掲載 ニューズウィーク日本版より転載)

本連載の記事一覧

日本の「分断」を追う10年プロジェクト始動──第1回調査で垣間見えた日米の差異(山脇岳志 スマートニュース メディア研究所 所長)

首相への好悪から見る「分極化の起点」(前田幸男 東京大学大学院情報学環 教授)

「イデオロギーの対立」は社会にどれくらい根付いているか?(遠藤晶久 早稲田大学社会科学総合学術院 教授)

日本人の道徳的価値観と分断の萌芽(笹原和俊 東京工業大学環境・社会理工学院イノベーション科学系 准教授)

メディア接触の新潮流...「ニュース回避傾向」が強い層の特徴とは?(大森翔子 法政大学社会学部メディア社会学科 専任講師)

「政治と関わりたくない人たち」がもたらす政治的帰結(小林哲郎 早稲田大学政治経済学術院 教授)