<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第1弾では、米国との差異を、スマートニュース メディア研究所長・山脇岳志氏が解説する>(ニューズウィーク日本版より転載)
山脇岳志(やまわき・たけし) スマートニュース メディア研究所 所長
兵庫県出身。京都大学法学部卒。1986年、朝日新聞社に入社。地方支局で、事件や地方行政などを担当後、東京本社経済部や企画報道室で、金融や情報通信分野の当局・業界を担当、調査報道にも従事。1995年〜96年、英オックスフォード大学客員研究員(Reuter Fellow)。2000年〜03年、ワシントン特派員。帰国後、論説委員、経済部次長。その後、グローバルで多様な視点を重視する別刷り「GLOBE」の創刊に携わり、編集長を務めた。2013年〜17年、アメリカ総局長。2016年、ドナルド・トランプ氏が当選した大統領選をカバーした。編集委員として定期コラムを担当した後、退職。2020年4月、スマートニュース メディア研究所の研究主幹に就任。2022年4月より現職。京都大学経営管理大学院特命教授、帝京大学経済学部客員教授を兼務。著書に、『郵政攻防』(朝日新聞社)、『日本銀行の深層』(講談社文庫)など。編著に、『メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む』(時事通信社)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)など。
筆者は、前職の朝日新聞記者時代、2000〜2003年と、2013〜2017年の2度にわたり米国のワシントンD.C.に駐在した。初回の赴任時には同時多発テロ、二度目はトランプ氏の大統領当選と、それぞれ世界に衝撃を与えた「大事件」があった。
ただ、そうした事件以上に、私にとってインパクトがあったのは、実は「10年のブランク」だったかもしれない。2度の勤務の間は、米国に出張する機会すらほとんどなかった。そのため、10年ぶりに米国社会に触れたときの社会的分断の深刻化、そしてフェイクニュースの爆発的な広がりは、立ちすくむほどであった。
2000年の大統領選も、激しい選挙だった。僅差の戦いとなる中、フロリダ州の集計が混乱し、最後は最高裁の判断にもつれこんだ。だが、勝敗が決まったのち、勝者のジョージ・W・ブッシュ氏(共和党)と敗者のアル・ゴア氏(民主党)は、お互いを讃えあい、融和を呼びかける品格があった。主流メディアが民主党寄りだという共和党側の不満はあったものの、メディア不信もさほどではなかった。
それが、2016年の大統領選は、どうだろう。トランプ氏は政治集会の度に、後方のジャーナリストたちの席を指差し、「彼らを見ろ」と聴衆をあおり、聴衆が「最も不誠実(Dishonest)なやつらだ」と一斉に叫ぶのが「定番」となっていた。トランプ氏は、主流メディアによる報道を「フェイクニュース」と呼び、メディアは「Absolute scum(全くのクズ)」であり、「米国人の敵」であるとも言い放った。トランプ氏に熱狂する共和党支持者の間で、メディアへの信頼度は、ぐんぐんと下がっていった。
トランプ支援集会では、支持者たちが、対立候補のヒラリー・クリントン氏について「あの女を(牢屋に)ぶちこめ!(Lock her up!)」と叫ぶ光景もよくみられた。クリントン氏は、選挙戦の中で、トランプ支持者の半数は「嘆かわしい人(Basket of deplorables)」と発言し、トランプ支持者の怒りは増幅された。
2004、5年ごろから急速に普及したSNSは、米国から遠く離れたロシアによる選挙への介入や、マケドニアの若者たちが金儲けのために米国大統領選がらみのフェイクニュースを大量生産し、拡散することも可能にした。
私が直接取材した2000年と2016年の選挙はともに、一般投票の総得票数でまさった候補が敗れる珍しい選挙であった。ただ、同じ事象でも、分断の激化と相手への中傷という点で、比較にならないほど後味が悪かったのが、2016年の選挙であった。
分断の激化という現地での「皮膚感覚」を裏付けてくれたのは、ピュー・リサーチセンターなどの継続的な調査である。同センターでは、10の価値観について定点観測を続けているが、2004年と2017年を比較すると、わずか10数年の間に、保守層(共和党支持層)とリベラル層(民主党支持層)の「分断」がどんどん広がっていることが、図表1、2ではっきりと確認できる。
また、下記のギャラップ社の継続調査から、「メディア不信」の偏りが明確に読み取れる。1972年においては、米国民は、共和党、民主党の党派や無党派にかかわらず、全体としてメディアを信頼しており、「とても(Great deal)信頼している」「まあ(Fair amount)信頼している」の合計で、68%にものぼっている。その後、下落傾向にあるものの、2000年前後は、まだそれほど党派別の差はない。
だが、それ以降、共和党支持者の間で信頼度は急速に低下していく。トランプ政権を経て、2022年のデータでは、民主党支持者の70%がメディアを信頼しているのに対して、共和党支持者では14%にすぎない(図表3参照)。保守とリベラルで、視聴・購読しているメディアが全く違うことも、ピュー・リサーチセンターなどの調査でわかっている。
一方、日本の「分断」はどうなっているのだろうか。自民党の安倍晋三政権が長期にわたって続いた中で、保守層とリベラル層の対立の激化や、メディアへの不信が高まりつつあるという指摘はある。そうした分断や亀裂を憂慮する人は多いが、分断を修復する処方箋を考える上でも、まず、日本の分断がどこにどういう形で存在しているのか、その「実相」をつかむことが重要だろう。
新聞社からスマートニュースのシンクタンク(スマートニュース メディア研究所)に転職するに際して実現したかったのは、日本においても、長期間にわたり人々の価値観の変化を追いかけたり、また人々の価値観の形成とメディア接触との関係を調査して、世の中にわかりやすく伝えることであった。
その思いは私の個人的願望から、やがて、「健全な情報空間の創出」を目指すスマートニュースの経営陣の賛意を得るに至り、2023年を皮切りに、10年という長期にわたるプロジェクト(2年ずつの調査)がスタートした。
「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)は、上記の経緯から生まれた。調査を行うにあたって研究会を立ち上げ、共同座長には、「世界価値観調査」や「アジアンバロメータ調査」で日本の中心になっておられる池田謙一・同志社大学教授(社会学部メディア学科)と、豊富な調査経験に加え、日本の社会調査データの保存と共有に先導的役割を果たしてこられた前田幸男・東京大学教授(東京大学大学院情報学環・東京大学社会科学研究所)のお二方に就任をお願いした。
また、今回の日米比較を共同で行った小林哲郎・早稲田大学教授(政治経済学術院)など、多様な分野の研究者の方々にメンバーに加わっていただき、調査のフォーカスを定め、質問項目を練り上げていった。調査は郵送とWebの2方式で実施したが、本稿は、2023年3月に全国の男女4460人を対象に行い、1901人が回答した郵送調査の結果から分析している。
創設5年の新しいシンクタンクのアイデアが、大規模世論調査として結実したのは、両座長や研究会メンバーの方々のご尽力のおかげである。
さて、本調査は、日本国内の居住者を対象にしたものであり、調査の目的は、上記のように、日本の中の「分断」の実相を探ることである。とはいえ、筆者自身のもともとの着想が、米国における分断やメディア環境の変化から来ているため、まずは、可能な範囲で「日米の比較」を行ってみたい。
米国のデータで、日本と比較する上で主として使ったのは、前述のピュー・リサーチセンターのほか、ギャラップ社、ニューヨークタイムズなどの調査である。
ただ、そもそもSMPP調査が日米比較を目的としていないため、米国側の調査の設問や時期は少し違っている。類似の設問を取り出すことで大枠の比較はできるが、厳密な比較ではないことは、あらかじめご了承いただければ幸いである。なお、SMPP調査は2023年3月に実施したため、米側のデータは基本的に当時の最新データを基に比較を行った。
米国におけるイデオロギー軸(保守、リベラル)は、共和党支持者か民主党支持者かという区分で代用した。本来、イデオロギーと党派性は関連しつつも別個の概念だが、分断化が進む米国では両者の相関が高くなっており、共和党支持=保守層、民主党支持=リベラル層、と大まかには読み替えることができる。調査によっては、「Independent(無党派層)」という区分を置くものもあるが、ピュー・リサーチセンターは、無党派層などに対してさらに「共和党寄り」か「民主党寄り」かを聞き、多くをそれぞれの層に分類している。これは、明確な政党支持のない、いわゆる"Leaner"と呼ばれる人たちも、多くの場合明確な政党支持者と同じようにふるまうことが知られているためである。
日本のSMPP調査におけるイデオロギー軸は、調査対象者に、11段階のスケールで自己認識を問い、それをもとに分類している。(0〜4がリベラル、5が中間、6〜10が保守と分類)。本調査(郵送調査)での分布は、日本における保守は48%、中間が23%、リベラルが29%という結果となった。実は、日本では自分の立ち位置が「わからない」と答える人の割合も多いが、日米の比較をする上では「イデオロギー(の傾向)を自覚している人」の中での割合で比較するほうが良いと判断した。
過去の政治学研究からは、日本における「保守ーリベラル軸」は、安全保障や憲法問題に特徴的にあらわれ、米国のように、保守=「小さな政府」志向、リベラル=「大きな政府」志向という対立としてはあらわれないことが知られている。
今回のSMPP調査でも、従来の知見が裏付けられた。
「防衛力強化」の賛成率(「賛成」もしくは「どちらかといえば賛成」と回答した人の割合)では、保守層がリベラル層を上回り(図表4)、「憲法9条を変えるべきではない」の賛成率ではリベラル層が保守層を上回った(図表5)。それぞれ有意な差がみられた。
一方、税制についての設問で、「消費税増税もしくは10%維持に賛成」の人の割合でみると、保守層のほうがリベラル層に比べて、むしろ、やや割合が高かった(図表6)。米国では、リベラル層が増税(「大きな政府」)を容認しがちで、保守層は「小さな政府」志向で減税に熱心だが、日本ではその傾向が見られないことが分かる。
では、日米比較に入りたい。まず、世界的にも大きな議論になっている「同性婚」「移民受け入れ」「環境保護」という3点を取り上げる。これらの社会問題では、いずれも、米国ではリベラル層が前向きであり、保守層を大きく上回る「賛成率」となっている。
一方、日本のSMPP調査でも、賛成率を取ると、「リベラル」「中間」「保守」の順に、きれいにグラフが右肩下がりになり、米国と同様の傾向が確認できた。ただし、その「右肩下がり具合」は、米国ほどではない。つまり、保守層とリベラル層の「断層」はみられるものの、米国に比べると、かなりマイルドである(図表7〜9)。
次に、「政治とナショナリズム」について見てみたい。
まず、「自国はトップレベルか」「自国の歴史を誇りに思うか」の賛成率をみると、日本、米国ともに、保守層のほうが高くなっている(図表10、11)。
続いて、民主主義に関する問いをみてみよう(図表12)。日本において、「自国は民主的に統治されている」とみている人の割合をみると、保守層がリベラル層よりも高い。一方、米国の調査で、「米国の民主主義は現在、脅かされていない」とみる人の割合は、保守、リベラル、無党派とも、ほぼ同じである。
日本ではリベラル層でも、60%以上の人が「民主的に統治されている」とみているのに対して、米国では、党派を問わず、全体的に、「民主主義が脅かされている」と感じている人が非常に多いのが印象的だ。
ただ、日本の設問は「全く民主的でない」を1、「完全に民主的である」を10とした10段階評価で、6〜10と答えた人の合計を、「民主的に統治されている」に賛成している、とみなしたものだ。米側は、「アメリカの民主主義は現在、脅かされていない」と考えている人の割合なので、回答の割合を、単純に比較はできない。
日本側の回答で、8〜10と答えた人(かなり高い程度で民主的だと思っている人)に限れば、リベラル層で32%、中間層で25%、保守層で45%となり、「6〜10」の人の割合に比べて、かなり下がってくる。
また、「(国や政治が)誤った方向に進んでいる」と心配している人は、日本ではリベラル層に多く、米国では保守層に多いという特徴がみられた(図表13)。これは、調査時点で、日本では、自民党政権(保守寄りの政権)、米国では民主党政権(リベラル政権)であるために、このような結果になった面が強いとみられる。
最後に、マスメディアについて日米比較をしたい。まず、マスメディアに対する信頼度についてである。この設問は、日本のSMPP調査の設問を、米国のギャラップ社の信頼度調査の設問にあわせた(比較しやすいよう、ギャラップ社の設問を直訳した)。
「ニュースを十分かつ正確、公平に報道するという点において、あなたは新聞、テレビ、ラジオといったマスメディアを信頼していますか」という問いに対して、日本では「信頼している」(「とても信頼している」と「まあ信頼している」の合計)と答えたのは、リベラル、中間、保守ともに、70%前後だった。
これに対して、米ギャラップ社調査(2022年)で「信頼している」(「Great deal」と「Fair amount」の合計)と答えたのは、民主党支持層に限れば70%と高いが、無党派層では27%、共和党支持層では14%と、大きな差がある(図表14。2023年9月の調査では民主党支持層で58%・共和党支持層で11%までそれぞれ下落)。
マスメディアの信頼度をイデオロギー軸でみたときに、米国では大きな差がみられるのに対して、日本ではほとんど差がみられないのは興味深い。
この現象について、今回の共同研究者である小林哲郎・早大教授は「日本では、放送法などの制度的仕組みもあって、放送会社は『不偏不党』を意識せざるを得ない。大手新聞社も社是として、『公正な報道』や『不偏不党』をうたっている。また、米国は新聞社などの経営破綻も多く、全般的に報道の質の低下が顕著なのに対し、日本はまだそこまでには至っていない。受け手側である国民も、米国ほど政治的立場がわかれていないことも影響しているのではないか」と分析している。
また、マスメディア(テレビ、新聞など)の媒体ごとの接触をみてみよう。
ピュー・リサーチセンターの調査では、米国では、政治や選挙に関する主要な情報源としてFOXニュースをみる人のほとんどが保守層なのに対し、公共ラジオ放送のNPRのリスナーや、ニューヨークタイムズの読者のほとんどはリベラル層であるなど、多くの媒体で党派的な偏りがみられる(図表15)。
これに対して、日本では、朝日新聞をよく読む人の中で、わずかにリベラル層が保守層より多く、読売新聞やNHKでは保守層が多かった(リベラル29%、保守48%という日本全体の分布の姿とほぼ同じ)という程度の差はあるものの、米国のような極端な差はみられない(図表16)。
以上が、今回のSMPP調査と、米国側の主な世論調査をもとに、「日米比較」を試みた結果である。
日本の「保守ーリベラル軸」は、安全保障や外交・防衛政策を中心に理解されており、経済政策とは相関しにくい。また、同性婚、移民問題などで米国と同様の傾向はみられるものの、米国ほどの差はない。さらに、マスメディアへの信頼度については、保守層とリベラル層の差が極端な米国に対して、日本ではほとんど差がみられないことが確認された。
ただ、上記のような日米比較だけをもって、日本における「分断」はたいしたことがない、と結論づけることはできない。今回のSMPP調査では、日本における分断とは、どこに存在したり、どういう形であらわれつつあるのかを、多角的に探っている。今後のこの連載コラムでは、調査分析に携わっていただいた各分野の専門家の方々から、仮説も含めた分析結果を示していく。
なお、SMPP調査は、今回で終わりではない。10年計画として、2年ごとに5回続けるところに特徴があり、研究者の方々と共に取り組む挑戦でもある。
日本における有意義な研究プロジェクトは、日本学術振興会の科学研究費(科研費)の助成を受けることが多い。ただ、調査を継続的に実施するためには、科研費を連続して獲得する必要がある。しかし、一回一回の申請の労力が大変なことや、継続性をアピールするだけでは連続して科研費を得ることができず、毎回の申請に新規性が求められるという悩みを、学者の方々からはよく聞く。
私たちの調査では、その時々のトピックに応じて質問項目の入れ替えは行うものの、ピュー・リサーチセンターの調査のように、同じ質問も繰り返して聞く予定である。そうした一見、地味な行為や分析の継続によって、表層からは見えにくい分断の進展(あるいは分断の緩和)の実相が、次第に明らかになる面もあるだろう。今回の一度限りの「結果」だけでなく、今後の「継続」によってあぶり出されてくる「変化」に注目いただけたら幸甚である。
(2024年1月31日(水)17時00分掲載 ニューズウィーク日本版より転載)
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