「東京オリンピックは海外メディアのデータ可視化でどう表現されたか」荻原和樹

2021.09.29
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荻原和樹
スマートニュース メディア研究所 シニアアソシエイト
1987年神奈川県生まれ。東洋経済新報社を経て2021年2月より現職。専門はデータ可視化、データ報道。共著に『プロ直伝 伝わるデータ・ビジュアル術』(技術評論社)。

 

東京オリンピックの閉幕から1ヶ月あまりが経ちました。新型コロナ禍により当初予定から1年間延期され、また直前での無観客開催が決定するなど、異例ずくめの大会ではありましたが、日本国内のみならず海外からも大きな注目を集めました。

さて、スポーツは戦績や競技記録などデータが豊富に発生することから、報道においては従来よりデータ可視化(データビジュアライゼーション)やインタラクティブなグラフィックによる表現が行われてきました。特に東京オリンピックなど大きなスポーツイベントはさまざまなメディアが同じ出来事を可視化するため、データ可視化における各社のアイデアや集計の着眼点を参照するのに適しています。

そこで本稿では、東京オリンピックがどのようにデータ可視化やグラフィックによって表現されたか、海外の報道機関による事例を交えて解説します。

メダルランキング

オリンピックに関するビジュアル表現でまず最初に思いつくのがメダルの国別ランキングでしょう。たとえば東京オリンピックの公式サイトでは獲得した金メダル順に国を並べています。

 

一方で、アメリカのオリンピック公式サイト"TeamUSA"では獲得したメダルの総数順に国が並べられています。

このように国や報道機関によって並び順が異なるのは、公式のメダルランキングが存在しないためです。実は、オリンピック憲章においてはメダルの国別ランキングを公式に提供することが禁止されています。

IOC(引用者注:国際オリンピック委員会)とOCOG(引用者注:オリンピック競技大会組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない。

そもそもオリンピックとは個人またはチーム間の競争であり、国同士が競ってメダル争いをする場所ではないと明記されているためです。

オリンピック競技大会は、 個人種目または団体種目での選手間の競争であり、 国家間の競争ではない。

スポーツ大会としてのオリンピックの特徴は「あらゆる競技が横断的に同時開催されること」および「上位入賞者にメダルという象徴的なアワードが送られること」といえます。そのため、報道やデータ可視化もメダルに関するものが多くなるのは自然です。

またデータ可視化の観点から考えると、メダルの国別ランキングは比較的容易にデータが手に入り、ビジュアライズも困難なく実装できるものかと思います。一方で上記の憲章も鑑みると、国家間の過度の競争を煽るようなビジュアライゼーションは避けるべきでしょう。

Bloomberg "Tokyo Summer Olympics Medal Tracker"

各国のメダル獲得状況を概観する点において、最も網羅的なビジュアライゼーションのひとつがBloombergの公開する"Tokyo Summer Olympics Medal Tracker"です。

簡略化された世界地図、国別ランキング、競技別の状況など、さまざまな観点から各国のメダル獲得状況を確認することができます。地図やランキングでは以前のオリンピックにおけるデータを確認することもでき、経年の比較を行うことも可能です。

New York Times "Tokyo Olympics: Who Leads the Medal Count?"

金メダルとメダル総数、2種類の「流儀」をグラフィックの観点から解説したのがNew York Timesの"Tokyo Olympics: Who Leads the Medal Count?"です。

このコンテンツの特徴は、ユニークなグラフィックの作り方です。それぞれの国は下記の画像のような正方形で表現されます。縦軸を「1つの金メダルがいくつの銀メダルと等しい価値を持つか」、同様に横軸を「1つの銀メダルがいくつの銅メダルと等しい価値を持つか」と設定し、それぞれのケースにおける国の順位を表示しています。

たとえば日本は金メダルのランキングにおいて3位、メダル合計数において5位です。金メダルをランキングするということは、言い換えれば「金メダルが銀・銅メダルよりもずっと高い価値を持つ」ことを示します。したがって、金メダルの価値が高い上部において順位が高くなり、すべてのメダルがフラットな価値を持つ正方形の左下では5位になります。

また、銀メダルよりも銅メダルの方が多いため、「銀メダルの価値が銅よりずっと高く、金メダルの価値は銀よりある程度高い」といった形で表現できる正方形の右側・中程では4位にプロットされます。

同様に各国を見ていくと、金メダルでもメダル合計数でもアメリカと中国は1位・2位と変わりません。対照的に、金メダルに比べてメダル総数が多いウクライナなどは変動幅が16位から44位と大きくなっています。

読み解きにやや時間のかかるグラフィックではありますが、メダルランキングを相対化し、その恣意性を示唆するグラフィックであるといえます。

New York Timesは他にも、競泳や陸上競技のグラフィックを制作しています。可愛らしいグラフィック動画で、歴代五輪の優勝者を擬似的にレースさせたり、あるいは同じ選手の過去記録を比較しています。このように本来はありえない様々な条件でデータの比較や検討ができるのはインタラクティブなグラフィックの利点です。

South China Morning Post "Cashing in on gold"

いささか身も蓋もない視点ではありますが、金メダルを金額からビジュアライズしたのが、香港を拠点とする日刊英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストの"Cashing in on gold"です。

日本を含む多くの国では、メダルを獲得した選手やチームに報奨金を贈っています。この作品では各国における金メダルへの報奨金額と、実際に獲得された金メダルの数を掛けた合計金額を可視化しています。

たとえば日本は金メダルの獲得選手に対して500万円=約4万5000ドルの報奨金を設定しています。東京オリンピックにおいて日本は27個の金メダルを獲得したため、合計の褒賞金額は1億3500万円=約121万5000ドルになります。余談ですが、今回の東京オリンピックにおいて、日本は金メダル数、銀や銅を含めたメダル総数ともに過去最高となったため、褒賞金額も4億円超と過去最高になりました。

なお、この金メダル500万円という金額は世界で19番目です。金メダルへの報奨金が世界で最も高いのはシンガポール(73,700ドル=約8111万円)ですが、同国は本大会において金メダルを獲得していません。

本大会で金メダル獲得数が最も多かったのはアメリカですが、金メダルへの報奨金は37,500ドル=約413万円と、日本よりも若干低めに抑えられています。

合計金額が最も大きかったのは、報奨金額・金メダル獲得数ともに多かったイタリアです。21万3000ドル=約2344万円という高額の報奨金に加え、10個の金メダルを獲得したことで合計金額は213万ドル=約2億3443万円に上りました。

FiveThirtyEight "Which Countries Are Doing Better — Or Worse — Than Expected At The Tokyo Olympics?"

選挙の議席予測で有名なFiveThirtyEightは、"Which Countries Are Doing Better — Or Worse — Than Expected At The Tokyo Olympics?"にて、過去の大会成績からオリンピックの獲得メダル数を予測しています。

たとえば日本は今大会で58個のメダルを獲得しました。これはリオ五輪の41個を大幅に上回って過去最高でしたが、FiveThirtyEightは72個のメダルを予測していました。

Reuters "Hot and humid Olympic summer"

東京オリンピックを競技以外の面から幅広くビジュアル化したのがReutersです。ロイターのグラフィック記事"Hot and humid Olympic summer"は、競技ではなく開催環境に着目したものです。

前回のオリンピックが開かれた1964年から今年までの東京における日別最高気温をヒートマップで表現し、スクロールに応じて文章とグラフィックが同時進行するScrollytellingと呼ばれる手法を使っています。

1964年の前回オリンピックは、比較的涼しい時期である10月に開かれました。

しかし今回のオリンピックは最も暑い時期である7月後半から8月にかけて開催されます。計測期間の中で最も暑かった5日間をピックアップすると、いずれもこの時期の周辺に記録されていることがわかります。

記事はさらに、比較的過ごしやすかった2008年と昨年2020年における、熱中症による救急搬送の数や容態に移ります。

Reutersは他にも"Olympic overview"というビジュアル記事で競技場の場所や聖火リレーのコースなど幅広い要素を(静止画ではありますが)グラフィック化しています。

先にも述べた通り、オリンピックは大会形式の特徴からメダルに注目が集まりやすい傾向にありますが、それでも以上のように様々な視点からビジュアライズされたコンテンツが集まりました。

スポーツにしろ政治にしろ、同じトピックを複数の報道機関が同時にビジュアル化する機会は決して多くありません。本稿がデータ可視化やコンテンツ制作の参考になれば幸いです。