アメリカのNLP(ニュース・リテラシー・プロジェクト)を解剖する(前篇)~宮地ゆう

2021.01.18
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「フェイクニュース」を見分ける力をつけるある教材が世界の教室に広がっています。開発したのは、米ワシントンDCに本部を置く「ニュース・リテラシー・プロジェクト(NLP)」。2008年、ひとりの記者が立ち上げたNLPは、いかにして始まり、発展してきたのか。教材をひもときながら、2回に分けて紹介する。

宮地ゆう
朝日新聞記者。慶応義塾大学総合政策学部、同大法学研究科政治学修士課程修了後、フルブライト奨学金を得てコロンビア大学院(国際関係論)で修士課程修了。朝日新聞東京社会部、グローブ編集部、サンフランシスコ支局長などを経て、2018年から経済部。著書に「シリコンバレーで起きている本当のこと」(朝日新聞出版)など。

中学校の授業から始まった

「フェイクニュース」という言葉は、いまや日本でもすっかり定着してしまった感がある。もともとは言葉通り「偽のニュース」、「デマ」と言った意味で使われていたが、最近では「フェイクニュース」という言葉自体が政治化し、正確な情報でも「フェイクニュース」と呼ぶことで情報の信憑性をなくすという問題まで起きている。

歴史をひもとけば、人は自分が信じたいことだけを信じる、という現象は古くから指摘されてきた。では、いまの現象は何が新しいのか。こうした「偽の情報」が、インターネットとSNSというテクノロジーと結びつくことで、一瞬にして世界中に広がるようになったことだろう。

古くて新しい「フェイクニュース」だが、なかでも2016年の大統領選以来、「フェイクニュース震源地」となったアメリカで、こうした時代の到来をずっと前から見据えてきたかのように活動してきた団体がある。ワシントンDCに拠点を置く「ニュース・リテラシー・プロジェクト(News Literacy Project: NLP https://newslit.org/)」だ。

毎日ネット上で大量に流れてくる情報の信憑性を見分けるため、学校や教育関係者だけでなく、一般の人にも情報の見分け方を包括的に学ぶ膨大な量のオンライン教材を無料で提供している。たった一人の記者が始めた地道な活動が、いまではオンライン教材の登録者は世界約100カ国に広がる。

2020年の財務報告によると、財団の予算規模は収益が約480万ドル(約5億円)で、そのうち助成金と寄付が約470万ドル(約4億8000万円)と、ほとんどをしめる(他には有料で行う研修などの収益がある)。お金を出している財団や個人のなかでも、米国でジャーナリズムや芸術などの分野に多額の寄付をしているナイト財団(Knight Foundation)はNLPの創設から財政面を支え、いまでは年間2500万円以上を拠出している。2016年の財務報告では、収益は年間約140万ドルだったので、この数年でNLPの規模は3倍以上に成長していることがわかる。本部はワシントンDCにあり、職員数は2020年12月現在で25人いる。

この団体はいかにして生まれ、どんな活動をしてきたのか。そして、何を目指しているのか。紹介していきたい。

最近では上述のような理由から、フェイクニュースより「ミスインフォメーション(misinformation、誤情報)」という言葉のほうが一般的になっているが、日本ではフェイクニュースのほうが一般的に使われているため、ここではフェイクニュースと呼ぶことにする。

NLPは、ピューリッツア賞も受賞したロサンゼルス・タイムズ紙の記者アラン・ミラー氏が設立した非営利団体だ。創立は「フェイクニュース」という言葉が登場するよりずっと前の2008年にさかのぼる。2017年4月にミラー氏を電話取材する機会があり、その成り立ちや活動の歴史を聞いた。

余談だが、ミラー氏は日本に3回暮らした経験があるという。初めてのときは大学時代で、京都で短期間日本語を学び、日本メディアについての研究をしたという。その後、大学院時代に3カ月日本でフィールドワークをし、ワシントンポスト紙の東京支局でインターンもした。さらに、記者になっていた1998年、アメリカのNPO「ジャパンソサエティー」の招きで日本の政治資金と、人間国宝に関する調査も行った。「日本は私にとって第2の故郷みたいなものです」と語っていた。

さて、そんなミラー氏がNLPを設立したきっかけは、2006年、当時12歳だったミラー氏の子どもが通っていた中学校で講演を頼まれたことだったという。当時ワシントン支局で調査報道の記者をしていたミラー氏は、学校から依頼を受けて、175人の中学生を前に、記者や報道機関の仕事の重要性について話をすることになった。1回きりの講演だったが、話す上で二つのことを考えていたという。

一つは、情報には「質の差」があるということを中学生に知ってもらうこと。もう一つが、ネットの情報が津波のように押し寄せる中で、それを見分ける力の育成が、学校教育では追いついていないことだった。ミラー氏は自分の娘がネットから情報を得る様子を見ていて、こうした教育がなければ大変なことになるだろうと危惧していた、と話す。

「大量に流れてくる情報のなかで、何が信憑性のあるものかを判断する力は、子どもだけでなく、一市民として非常に重要なものです。テクノロジーの進展で、情報の爆発的な増加がさらに進むにしたがって、この力の必要性はさらに増すだろうと感じていました」。

ミラー氏は2008年にロサンゼルス・タイムズ紙を辞め、教育に専念する道を選んだ。

こうして立ち上がったNLPは、まずは記者を教室に送るところから始まった。報道の現場で記者たちが日々どうやって情報を集め、取捨選択し、読者や視聴者に届けているのか。それを教えることで、「ネットの世界で何を信じればいいのかを知るための批判的な思考力(critical thinking)を身につけられると思った」とミラー氏は話す。この基本理念は、NLPのプログラムが多様化したいまも変わっていない。

ニューヨーク、ワシントンDC、シカゴの中学・高校で授業を始めたが、学校側からの要望は多く、協力する記者や報道機関が次々に加わった。2017年の時点で全米の主要テレビ・新聞・ラジオ・ネットメディアなど35報道機関400人以上の記者が協力リストに名前を連ねていた。ミラー氏のようにピューリッツア賞など数々の賞を受けた著名記者も多く入っている。

ぜいたくな授業だが、問題は、一度に20~30人程度の生徒しか教えられないことだった。

そこで、2012年から、NLPは新たな取り組みを始めた。オンライン教材の開発を始めたのだ。2015年~16年にかけて、新たなオンライン教材の開発に取り組んだ。これが現在のNLPの柱であり、世界100カ国以上に広がる教材「チェッコロジー(Checkology)」(https://get.checkology.org/)だ。

これは、記者の仕事や報道を知るといった内容を超えた、いわば「情報とはなにか」を学ぶ包括的な内容だ。

当初は一部が有料だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大でネット上に不正確な情報が大量に出回り始めたことを憂慮し、2020年3月、チェッコロジー全体を無料化した。これによって、学校関係者や生徒だけでなく、一般の人でも、メールアドレスなどを登録さえすれば、パソコンやタブレットなどから無料で使えるようになった。

教材の14の柱と、「情報を区分する」ゲーム

チェッコロジーには、14の柱がある(2021年1月現在)。

1.「ニュースとは何か」
2.「合衆国憲法修正1条」
3.「アルゴリズム入門」
4.「質の高い報道とは」
5.「編集者になってみよう」
6.「市民の監視」
7.「ブランド化された内容(広告の見分け方)」
8.「情報の区分」
9.「世界の報道の自由度」
10.「民主主義の番人」
11.「議論と論拠」
12.「ミスインフォメーション(誤った情報)」
13.「偏見について学ぶ」
14.「陰謀論の考え方」

これで情報についての基礎を学ぶ。

一つの柱は、約30の解説やクイズ(設問)に分かれており、こなすのに1時間くらいかかる。ただ、途中でやめて後日続きを見たり、一部だけ学ぶ、といった使い方も可能だ。

多くが、報道機関の編集局内に立った記者や専門家本人が、ビデオで登場。
映像やアニメーションを取り入れながらその回に学ぶ柱について説明をした上で、設問を解いてくスタイルだ。設問はいくつかの選択肢から回答をクリックし、「正解です」「もう一度やってみよう」といった言葉とともに短い解説が現れる。こうした説明と問いを繰り返していく。

一例として、「情報の区分(Info zones)」という回を見てみよう。

アメリカのTVネットワークNBCのワシントン支局で国内外の報道担当をしているトレーシー・ポッツ記者が画面に現れ、テレビ局の中から語りかける。背後で同僚が働いている姿も見え、あまり見ることのないテレビ局の裏の様子は臨場感たっぷりだ。

「この回では、情報を6つの区分に分ける練習をします。情報の中身を区分するのはニュース・リテラシーの基本です。情報の信憑性を測る一歩目でもあります」とポッツ記者。情報の発信者の意図を見分ける力が、フェイクニュースかどうかを判断するのに役立つからだ。

分類は、A「To Persuade(説得する)」B「To Provoke(挑発・刺激する)」C「To Document(記録する)」D「To Inform(知らせる)」E「To Entertain(楽しませる)」F「To Sell(売る)」の6つ。

これに分類する動画や画像は以下のようなものだ。

1.ガーディアン紙の「夏にも長ズボンと決められている学校の男子生徒たちが、抗議の意味を込めてスカートで登校した」という写真付きの記事。

2.高校生くらいの女の子がガムをかみながらスケッチブックに文字を書いている様子の動画。音楽はついているが字幕や言葉はない。最後に「VIDEOS EVERY WEDNESDAY AND SUNDAY」「#SCHOOLISHA」という文字が現れる。

3.ODYSSEYというサイトの記事。見出しは「高校の服装規定が性差別である6つの理由」。

4.「違いはどこにある?」と題した表。左側に学校、右側に刑務所とあり、それぞれに特徴を書いたまったく同じ項目が並ぶ。「権威主義的な構造」「服装規定」「静寂と命令に重点」「列になって歩く」「個人の自主性の欠如」など。

5.ポスターのような写真。子どもの写真とともに「子どもの制服イベント」「ポロシャツ5ドル、カーキ10ドル、バックパック9ドル」などの文字。

6.スマートフォンで撮影したらしき揺れる動画。中学生たちが学校の外に次々と出てきて、一人が「テイラー中学校での抗議集会だ!」などと叫んでいる。

実際にやってみると意外に難しい。報道の仕事にかかわっている大人の私でも、しばらく考えてしまうものもあった。

まさに、ネットにあふれている情報と同じで、どこでだれが何の目的で投稿しているのかわからないものばかりなのだ。問題を解く側は、読み取れる情報を総動員して発信者の意図を探さなければならない。

ちなみに、この設問の正解は、

1→Dの「To Inform(知らせる)」
2→E「To Entertain(楽しませる)」
3→A「To Persuade(説得する)」
4→B「To Provoke(挑発・刺激する)」
5→F「To Sell(売る)」
6→C「To Document(記録する)」

この分類ができるようになれば、情報の発信者の意図を読み解きやすくなり、発信者が、情報の受け手にどのような影響を与えようとしているのか、どんな目的で発信しているのかを、批判的に思考する力(クリティカルシンキング)がつけられる。

アルゴリズムを否定はしない

14の柱のうち「偏見について学ぶ」の回では、「ナショナル・ジオグラフィック」の編集長が登場。「報道の偏見とは何か」「偏見があると誰が決めるのか」「偏見の種類」といった内容に入っていく。

偏見というと、否定的なイメージだが、「ネット上の多くの内容は、最初から偏見を取り去ろうとは思っていないものがほとんどです」という指摘から始まる。そして、書評をしたり、ものを売ろうとしたり、スポーツのニュースを報道する際に、そもそも、まったくの偏見がないということはない、と指摘する。そして、「オピニオン・ジャーナリズム」と「ニュース・ジャーナリズム」の差などを、設問を通じて同じように繰り返し実例を見ながら学んでいく。

「アルゴリズム入門」の回には、ハーバード大学ケネディースクールでテクノロジーと社会や政治の関係を教えている教授が登場。ネットに現れる情報が、アルゴリズムによって利用者の興味や関心次第で、変えられていることを学んでいく。

ここでは、例としてスマートフォンで「ジャガー」と検索したときに現れる、二つのまったく違う結果の画像を見せる。利用者の関心次第で表示が変わるわけだが、一つにはフットボールのチーム「ジャガー」の試合結果が表示され、もう一つには動物のジャガー、車のジャガーなどあらゆる「ジャガー」の結果が表示される。

そして、アルゴリズムによって、自分の見たい情報だけが表示されるようになり、同じような考え方を持つ人ばかりとつながっていく現象が起きる、という解説が加わる。

教授は、情報のバランスを意識し、ふだんどんなサイトや報道機関から情報を得ているかを、自分で時々考えてみるように勧める。時折、ふだんとは違う報道機関から情報を得てみればよい、といった提案もしている。

印象的なのは、アルゴリズムによる情報の偏りを最初から否定的に教えるのではなく、「アルゴリズムによる個別化なしには、大量の情報から見つけたいものがほとんど見つからないかもしれない」という話から始まるところだ。

こうした機能をすべてオフにして使う人はまずいないだろう、という現実的な出発点に立っていることがわかる。その上で、こうした技術が背後で使われていることを意識させ、時々立ち止まって考えることを促す内容だ。

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