消えていく地方紙、米国に何が起きているのか~ペニー・アバナシー教授インタビュー

2021.04.12
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米国のジャーナリズムを支えるのは地方紙だと言われます。日本では地方紙(ブロック紙含む)は130弱しかないですが、米国には、かつて1万以上の地方紙が存在し、それぞれがコミュニティを支えてきました。ところが、ネット時代のビジネスモデルの変化や、さらに新型コロナ危機も追い打ちとなり、地方紙が危機に瀕しています。地方紙の現状について包括的にまとめる形で、2020年6月に発表された「ニュース砂漠と幽霊新聞 ローカルニュースは生き残るか?」は、大きな反響を呼びました。同リポートを執筆したペニー・アバナシー教授に、オンラインでインタビューしました。(インタビュー日時は2020年9月2日)
(インタビュー・構成:津山恵子、翻訳校正:マリー・コクラン)

ペニー・アバナシー(Penny Abernathy)
ノースカロライナ州立大学チャペルヒル校教授。ジャーナリスト歴15年を経て、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルなどで経営にも携わった。また、学者に転じた後は、ローカル・ジャーナリズムを支援するため、多くのリポートを発表してきた。
ノースカロライナ州立大学は、米国の州立大学の中で最古の歴史を持ち、アイビーリーグと同等の教育が受けられる公立大学群、パブリック・アイビー8校のうちの1校に認定された名門公立大学の1つである。

津山恵子
東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、『AERA』に執筆した。米国の経済、政治について『AERA』ほか、『ビジネス・インサイダー・ジャパン』に執筆。共同編著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)など。

15年で4分の1の新聞が消えた

― ジャーナリストを経験したのち、新聞の経営に携わり、そして今は学者に。どういう経緯で転身されたのでしょうか。

私は医師になるために大学に行きましたが、地元新聞でインターンとなり、スポーツを担当しました。取材というのは、『なぜそんなことをするのか』『なぜそう決断したのか』と聞いてまわる仕事です。そこに興味が湧いたので、医学から歴史専攻に切り替え、新たにジャーナリストになる道を選びました。

シャーロット・オブザーバー(南部ノースカロライナ州)など地方紙で15年間、記者やデスクをした後、経営学修士(MBA)を取るためコロンビア大学に行きました。当時のメンターが『ローカル・ニュースに関心があるならば、経営を学ぶべきだ』と言ってくれたからです。

1980年代、米国の印刷媒体は当時、経営を支えるために広告収入に過剰に依存していました。業界では、21世紀になったら、広告収入の代わりに何が印刷媒体を支えていくのかと懸念し始めていました。

MBAを取った後、私は経営側の仕事に移り、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどで幸いにも幹部になることができました。その後、ジャーナリズムとデジタルメディアのビジネス・経済という分野における教授職で、今のノースカロライナ州立大学から声がかかったのです。今日のジャーナリズムの使命を理解しつつ、デジタル時代にジャーナリズムを維持するのはどうすればよいのかを探ることを、研究の目的にしています。

― 今回の報告書のほかに、「コミュニティ・ジャーナリズムを救うには:黒字化への道」(2014年)といった著書や、「新たなメディア有力者の隆盛」(2016年)、「ニュース砂漠の拡大」(2018年)といったリポートを書かれています。

私はノースカロライナ州出身で、最初に記者として働いたのが、故郷の週刊紙でした。それから30年経って同州に戻ると、メディア業界図が一変していて驚いたのです。独立系や家族経営の新聞がたくさんあったのですが、すべて新聞大手の傘下となり、本社は州外にあって、ノースカロライナ州とは縁もゆかりもありません。

かつては、州・地方新聞、小規模な新聞がとても健全で、ピュリッツァー賞で最も栄えある公共部門賞を1953~95年の間に7紙が受賞していました。その中には、発行部数が数千部という、受賞した新聞では最も小さな規模のものまであったのです。でもそれを支えた独立経営の新聞はもはやありません。そこで、私は『新聞に何が起きているのか』を探ろうと思ったのです。

― メディア業界は、2008年の世界的な金融危機が起きる前から、相当変化していたということですね。

そうです。加えて、2008年の金融危機の影響も大きかったのです。それまでは、地方の中小規模の新聞は、大手新聞に比べて、地元の中小企業の求人・案内広告に支えられていた面がありました。ところが2008年に多くの地元企業が破綻し、その後、再生が難しいケースが多かったため、中小規模の新聞も苦境に陥り、2010~11年までに多くの新聞が経営破綻しました。

同時に、そのころ、ヘッジ・ファンドを含めた投資機関が新たなオーナーとしてマーケットに参入してきました。伝統的な新聞社は、市民の一員として果たす使命というものが、株主に対する利益とともにありましたが、投資機関が掲げた唯一の使命は、株主利益でした。

そこで、私は、新聞のオーナーシップや合従連衡について大きな懸念を抱くようになりました。なぜなら、それは地元の、あるいは地域・州のジャーナリズムに寄与していないと思ったからです。

そこで、合従連衡について2016年の報告書『新たなメディア有力者の隆盛』をまとめたのですが、そこでは、それまでの10年間にかなり多くの新聞が失われてしまったことが明らかになりました。

― 今回の『ニュース砂漠と幽霊新聞』のリポートでは、2004年には約9,000紙あったのに、2019年には約6,700紙となり、4分の1の新聞が消えたと書かれています。

新聞が消えて懸念すべきことは、ジャーナリストがいなくなるということです。新聞が小さな町でなくなるということは、教育委員会や市議会、郡の幹部の会議を取材する記者が現場に来なくなるという意味です。

広域や州の新聞がなくなれば、たった一つのコミュニティではなく、広域のあるいは州全体の人々のクォリティ・オブ・ライフを左右する幅広いテーマ、つまり教育や環境、インフラ、経済開発、政治、ガバナンスなどについて取材する記者がいなくなるのです。現在で言えば、新型コロナウイルス対策が、取材するべき重要なテーマでしょう。

政治腐敗や偽情報が広がる恐れ

―新型コロナウイルス感染拡大は2020年の重大ニュースですが、大統領選挙の年でもありました。選挙や地方政治においては、ニュース砂漠やそれに近い地域では、何が起きるのでしょう。

第1に、一般的には投票率が下がる傾向があります。私たちは地元あるいは州レベルの数百に上る役職を大統領職と同時に選びますが、ニュース砂漠などでは、その役職候補者について情報を得るのが難しくなるためです。

大統領選挙の年ではありますが、私は、誰が米国の大統領になるかというよりも、地元の教育委員会委員に誰が当選するかの方が重要だと主張したいです。私たちの子供や孫の教育について彼らが日々決断を下すわけですから。

例えば、私はノースカロライナ州に住んでいますが、同州では裁判所の判事を選挙で選びます。そこで、誰に投票するかという判断は、すべての判事候補者をインタビューし、誰が選出されるべきかという推薦をする同州の大都市の新聞報道に依存するしかありません。そんなことを一個人がする時間はないからです。州の農務長官などについても同様です。つまり、地元新聞がないと、候補者の情報を得るのが困難なだけでなく、投票の判断をするということもできなくなるのです。

第2に、ローカルニュースが果たしていた透明性を確保するという機能がなくなると、政治的腐敗が知らないうちに広がるという傾向があります。

例えば、私が住んでいるノースカロライナ州第9選挙区を取材している記者がいないために、選挙における不正が誰にも知られずに起きていました。たまたま、ある政治学の教授が、複数の郡での開票結果がおかしいと気がついたために不正が明らかになったのです。

― 米地方新聞を取材していると、取材する重要な分野は、地元の教育、政治、スポーツと聞きます。地方新聞が果たしている役割とは何でしょうか?

米国の新聞が優れている点は、民主主義国家の中で、市民に情報を供給するというだけでなく、コミュニティを構築するという機能です。独立戦争の後、西部へと向かった人々が最初に成し遂げたことは、新聞の発行でした。新聞が、東部の世界と西部の市民をつないでくれていたからです。

外部の世界と人々をつなぐだけでなく、次は住んでいる地域ともつなぎ、地理的なアイデンティティを作り出し、コミュニティとしての意識を育んでいきます。デジタル時代の今日においても、多くの政治的決断は、地理的条件に基づいて下されます。地理的条件というのは、とても重要なのです。

ところが、コミュニティの新聞がなくなり、地方のテレビ局からのニュース番組もなく、デジタルメディアから良質なローカル情報を得るための高速インターネット接続がなければ、人々が向かうのは簡単に無料でアクセスできるSNSです。陰謀論が渦巻き、誤情報もたくさんあるSNSのせいで、誤情報と偽情報が拡散するという問題が起きます。

― 一方、リポートでは、新型コロナウイルスの感染拡大で、何百紙もの新聞が失われるだろうと予想しています。その根拠は何ですか。

まず感染拡大が始まった直後の第2四半期は、ほとんどの新聞が、40~50%減収になったとしていました。この間、政府の緊急経済対策で給与を支払っていましたが、それが終わり、今は第4四半期ですが、経済回復のスピードはかなり緩いとされています。

また、地方紙が頼りにしてきたレストランなどスモールビジネスも破綻し、もう戻ってきませんし、イベントを後援することもできず、収入源が断たれます。

第4四半期には、さらに人員削減があり、また合従連衡も急速に進むでしょう。中西部ケンタッキー州で一晩のうちに5つの新聞が統合されたという報告がありました。東部マサチューセッツ州の大都市ボストン郊外では、一時100の週刊紙を出しているグループがありましたが、現在32紙と発表しています。

でも、私が現地の人から聞いたところでは、18紙程度になっており、こうした統合の現状は、現地に住んでいて情報を新聞から得ている人にしかわからなくなっています。
ですから、私が報告書で『何百紙もの新聞』と書いた背景は、2020年末までに消えているかもしれないし、今後その水準に達する『死への行進』に向かっているのかもしれないということです。さらに、私が最も恐れているのは、消えゆく新聞の代わりを果たすものがないということです。

― 報告書「ニュース砂漠と幽霊新聞」では、ニュース砂漠の定義はありますが、幽霊新聞の定義はされていませんでした。

幽霊新聞が米国にどの程度あるのか特定しようとしましたが、不可能でした。だから、具体例を見ていくしかありません。例えば、中西部オハイオ州で、印刷媒体を止め、残っていた数人のジャーナリストをウェブサイトに異動させ、重要な情報よりも日々の出来事だけを書かせているというのがあります。

私が働いていた地元紙は、当時オーナーだった地元出身の編集者、ベテラン記者、スポーツ担当、町ネタ担当がいて、週3回発行していました。つまり、4人のジャーナリストが取材したことで週3回の紙面が埋まっていました。

現在は、週5回発行していますが、部数はかつての10分の1に減り、記者は1人とアシスタントが1人。本社ビルもなく賃貸オフィスで仕事をしています。営業も専従はなく、宅配は人がいないのでしていません。

― 一方、有力紙ニューヨーク・タイムズは「生き残っている」わけですが、マーク・トンプソン前最高経営責任者(CEO)は、ケーブルテレビのインタビューで、成功した理由について「早い段階で目覚めたからだ」と話しました。新聞のサービスをデジタルに移行し、デジタル購読収入を上げる戦略が、他の新聞よりも早かったという意味です。

ニューヨーク・タイムズが、デジタル戦略で成功した理由は2つあります。まず、成功したとはいえ、収入の半分はまだ印刷媒体から得ています。それを支えているのは、宅配とデジタル購読料で年間800ドル払っても、痛くも痒くもない裕福な読者層が多いという点です。

第2に、(大都市のニューヨークを基盤とする)タイムズの読者は宅配とデジタルを合わせて数百万人に上るという点です。しかし、平均的な地方の小さな新聞社は、高い購読料を負担できる裕福な読者はいないし、いたとしても新聞社の収入を支えるほど多くはいません。

さらに、デジタル広告収入の4分の3は、グーグルとフェイスブックが得ていることを考えると、ニューヨーク・タイムズであれ、ウォール・ストリート・ジャーナルであれ、デジタル広告収入ではなく、デジタル購読収入に頼らざるを得ません。ところが、小さな新聞社やローカルニュースのウェブサイトは、裕福な購読者層が少ないだけに、収入源を多様化しなければなりません。

― 収入源の多様化は、どんな形でできますか。

ローカルの事業主は、フェイスブックやグーグルでは届かない特定のマーケットにリーチすることを知っています。もし、経済的に平均的、あるいは平均以上の成長が見込めるコミュニティで、そこに根を下ろしたオーナーや発行人がいれば、住民やローカルビジネスの最大のニーズに応じる決断を下すことができます。そこから、今後のビジネスモデルを作り出していくこともできます。

もちろん、資金は必要です。そして、問題は、意識が高いコミュニティの活動家たちが、地元紙を買収する場合ですが、彼らは買収に十分な資金は集めても、その後5年間ほど投資を続けるお金を集めきれていないのです。私は、ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリート・ジャーナルに勤めていましたが、両紙が将来への投資について理解していて、全国紙としての役割を果たしたことは評価しています。

新型コロナ危機で起きている変化

― 新型コロナウイルスの感染拡大による新聞業界への打撃は大きいですが、ほかに新聞業界に起きた変化はありますか。

新型コロナウイルスの影響で、多くの新聞社が苦境に陥り、ニュース砂漠と幽霊新聞が増えるのは間違いありません。しかし、ポジティブな面としては、正確なローカルの情報が、私たちのクォリティ・オブ・ライフにいかに重要か理解させてくれました。多くの人がデジタル購読を始め、生き残っている多くの新聞社の購読収入が急増しました。私自身も、たとえ直接自分に関係がある情報がなくても、いい記事を出している新聞には生き残って欲しいという理由で購読を始めたいと思うでしょう。

第2に、業界関係者だけでなく政治家などが、新聞が失われることを食い止めようという政策を検討し始めるなど、新聞についての理解を得るきっかけになりました。新型コロナや公衆衛生について取材している記者から、言論の自由について懸念を持ち始めた弁護士らまで、実にさまざまな人が、ローカルの新聞の現状を知りたいと、私に連絡をしてきました。

多くの新聞が消えていることにショックを受けた英国のアーティストから連絡があり、廃刊された新聞の最後の版を集めた展覧会を企画しているというのも聞きました。

ただ、問題は2つあります。
第1に、政治家や業界人が短い期間で改善できることばかりを見ていて、長期的視野に立ち、何がこれから起きるかということを見通せていないことです。

第2に、これはピュー・リサーチ・センターの調査によるものですが、2019年の時点で75%の人が、新聞社が財務上の危機に陥っていることを知らなかったという点です。何が危機に瀕しているのか、一般大衆が理解していないのは問題です。業界人や政治家も同様で、何を失ったら取り戻しがつかないのか理解しない限り、企業としての新聞社の急落と崩壊が続くでしょう。

― ローカルニュースを救うための次の研究テーマは、何でしょうか。

今回のリポートで私は、過去15年に何が起きたかをまとめました。現在は、このリポートのバージョン2.0を考えていて、4つの分野の研究が重要だと思っています。

1つは、21世紀のジャーナリズムの使命から考えて、取り残されて情報が少ないコミュニティがどうやってニュースを得られるようにするのか、という研究です。マイノリティの住民が多いこうしたコミュニティは、2040年代には全体の過半数を占めるとみられています。

第2に、新聞社のビジネスモデルというのは、もはや一つではないという事実をどうみるかです。ビジネスモデルはたくさんあって、どのモデルがどういうケースで有効なのか。あるコミュニティを取材している新聞社が、企業モデルでもなく、非営利法人でもハイブリッド型の法人でも適さないという場合、どんなビジネスモデルで、どうやってコミュニティを支えていくのか、という点の研究です。

第3に、テクノロジーができることと、その功罪です。テクノロジーは、信頼できる正確なニュースを広めることができます。ジャーナリストがどこにいても深い対話をするのを助け、ジャーナリストが自由に行動できるようになります。

一方で、テクノロジーは、誤情報や偽情報などを生み出し、拡散しています。そこで、少なくとも報道機関では、ジャーナリストの立場に立って築き上げるテクノロジーが必要です。ジャーナリストではないエンジニアだけが理解するアルゴリズムをテクノロジーだと思って受け入れがちですが、その先が必要です。

最後に、通信とメディアをめぐる政策ですが、これらは米国では1930年代にできたもので、ラジオ放送の時代でした。(オンラインで地方紙のニュースも全米に知れ渡る)21世紀において、全国紙と州の新聞の業界地図を見渡したとき、(ラジオ放送のような地域を単位とした)政策をどう見直していったらいいのか、という研究が必要です。

「ニュース砂漠と幽霊新聞 ローカルニュースは生き残るか?」の抄訳はこちら