民主主義の危機とニュースリテラシー ~アラン・ミラー氏インタビュー

2021.10.18
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ワシントンD.C.に本部を置くNPO「ニュース・リテラシー・プロジェクト(NLP)」は、生徒や教育者向けに、信用できる情報を見分けるためのプログラムを提供していることで知られる。無料で提供されているオンライン教材「チェッコロジー(Checkology®)」(https://get.Checkology.org/)の登録者は世界約110カ国に広がっている。
2008年にNLPを創設したのが、ロサンゼルス・タイムズ紙の敏腕ジャーナリストだったアランC・ミラー氏である。なぜNLPを創設したのか、何に危機感を抱き、どのような活動に力を入れているのか、ミラー氏にインタビューした。その抄訳を掲載する。チェッコロジーなどNLPの活動については、宮地ゆう「アメリカのNLP(ニュース・リテラシー・プロジェクト)を解剖する 前後篇」も参照されたい。

アラン・ミラー
NLPの創設者、CEO。ウェズリアン大学卒業後、ハワイ大学で修士号取得。ロサンゼルス・タイムズでの記者時代にピュリツァー賞受賞。2008年にNLPを立ち上げた。

インタビュー “Teaching News Literacy to Protect Democracy” はこちら

12歳の娘が通う学校から講演に招かれて、気付いたこと

NLPの設立を考え始めたのは、2006年のことです。私はロサンゼルス・タイムズのワシントン支局で、調査報道記者をしていました。175人の6年生を対象に、ジャーナリストの仕事などについて話をするために招かれたのです。

帰り際、学校の駐車場を横切りながら「もっと多くのジャーナリストが自分の専門知識や経験を全国の教室で話をできたら、それは有意義なことなのではないか」と考えていました。

その夜、娘のジュリアは175枚の手書きのお礼の手紙を持って帰ってきました。ジュリアと一緒に、一つひとつ声に出して読みましたよ。何が子どもたちに響いたか、私の話のどんな部分で子どもたちとジャーナリズムをつなげることができたのかがわかりました。この日の経験が、NLPのアイデアの芽生えとなったのです。

2008年にNLPを設立したころ、2つのことを懸念していました。まず、新聞のビジネスモデルが崩壊しつつある中で、質の高いジャーナリズムに対する理解と評価がまだあるのかどうか。2つめは、娘のジュリアが、信頼性や透明性などの点で大きく差があるニュースや情報にあふれた生活の中で、ニュースにどう接して、どう評価するのかという点です。

いまの時代は、誰もが自身の編集者であり、発信者になれます。ですから私たちは、生徒たちが信頼できる情報を見分け、責任感を持って信頼できるやり方で自らの役割を果たし、自信を持って発言できるような力を与えたかったのです。

そこでまず、記者たちを教室へ派遣することから始めました。ジャーナリストたちが、日々どうやって情報を集め、取捨選択し、読者や視聴者に届けているかを生徒に教えることで、生徒たちがネットの世界で何を信じればいいのかを知るための「批判的思考力(critical thinking)」を身につけられると、我々は考えたのです。

最初の8年間で、30以上の報道機関がパートナーとなり、新聞、テレビ、インターネットメディアなどから、400人以上のジャーナリストが参加してくれました。彼らは、ニューヨーク、シカゴ、ワシントンD.C.やその周辺の地域の学校で、750回以上の授業を行い、2万5000人以上の生徒に教えることができました。私も多くの授業を見学し、生徒たちが何に共鳴し、何が効果的で、何がそうではないのかなどについて知ることができました。先生方のニーズは何か、生徒とどうやったら気持ちが通じるのかについても、多くの学びを得ました。

事実と虚構を判断する能力が身についていない

授業の見学は、私にとって、目からウロコが落ちるような経験でした。印象的だったことのひとつは、生徒たちが、デジタルネイティブといわれる世代だとしても、彼らは事実と虚構を区別したり、何が信頼できるかを判断する能力が身についていないということです。ネットに掲載されているのであれば、それは真実であり、誰かがすでに真実だと確かめてあるに違いないと信じている生徒たちがいました。読んだことをまったく疑おうとしない生徒たちもいました。そのような生徒たちは、ソーシャルメディアを通して友達から送られてきた情報はどんな情報でも信じ、疑いを持たずにすぐに共有していました。

もっと年上になってくると、シニカル(冷笑的)な見方をする生徒もいました。すべての情報は、営利的、政治的な目的を持って創られていたり、個人的な偏見や隠された狙いがあったりする」などと言うのです。
マスメディアのニュースよりも、ブログの投稿記事やYouTubeのビデオのほうが、メディアが介入していないから、信憑性が高いと主張する声もありました。

私は、ニュースリテラシー教育の内容が、生徒や教育者の大多数にとって未知の分野だったことに気付きました。そして、私はこう考えるようになったのです。「教育者や生徒たちは、どのようにジャーナリズムが機能しているのかや、(メディア人にとっては常識的なことである)ニュースとオピニオン、広告の違いについてどうやって知ることができるのか(教えない限り、わからなくて当たり前ではないか)」

この最初の教室でのプログラムで努力したことが、その後の私たちの活動すべての基盤となりました。どのニュースや情報を信頼すべきかを知ることは、広く応用できる批判的思考のスキルであり、私たちが生きている時代に不可欠なライフスキルであることを確認できました。テクノロジーの進歩は早いのに、教育の進歩は遅い。生徒がほとんどの情報を(スマートフォンなどの)デバイスから得ているという事実に、学校がまったく追い付いていないのは明らかでした。

私は授業を見学して学校を後にするとき、「ああ、私たちが丘の上に押し上げようとしているのは、なんて大きな岩なんだ」と感じて、くじけそうになることもありました。しかし同時に、この仕事の重要性や、新たなチャンスが広がっていることに、より確信を持つことにもなりました。

また、素晴らしいジャーナリストに会ったり話を聞いたりすることは、生徒たちにとってエキサイティングな体験なのだということにも気付きました。生徒の反応から、私たちが変化を引き起こしていることを実感できたからです。

「チェッコロジー」でフェイクニュースを見極める

チェッコロジーを始めたのは、2016年5月です。この年は大統領選挙があって、ドナルド・トランプが大統領に当選しました。ソーシャルメディアのプラットフォームが有害な情報を拡散するフォーラムの役割を果たし、ロシアがそうしたプラットフォームを利用してアメリカの民主主義をひそかに傷つけようと試みるといった要因が重なり、NLPは、教育関係者やジャーナリストなどからさらに注目されるようになりました。

NPR(米公共ラジオ局)が、チェッコロジーを使っているある先生の授業を取材し、"The Classroom Where Fake News Fails(フェイクニュースが騙せない教室)"との見出しで報じました。私たちにはマーケティング予算もなかったのですが、まず教育者たちが個人レベルで興味を持ってくれ、口コミで広がっていきました。

明らかに、トランプ政権の間に、国の最高権力者から報道機関への攻撃が増え、膨大な量の誤情報、人種間の緊張、過度の分極化を目撃することになりました。しかしこの現象を牽引したのは、トランプ一人だったわけではありません。
私たちはこの4年間で、オルタナティブファクト(代替的事実)からオルタナティブリアリティ(代替的現実)へと移行し、アメリカは、深刻な分断・分裂状態にあります。

多くの人々は、もっと情報を得たり、自分の信念について疑ってみたりするためにニュースを求めることはせず、もともとの自分の考えを確認できるような場所(プラットフォームなど)に行くようになっています。この国の民主主義は、実存的危機(existential crisis)に直面しています。

アルゴリズムがこの確証バイアスをさらに強固なものにしています。人々はしばしば、(ソーシャルメディアの)フィードやオンラインで目にする情報が、自分の検索履歴や消費傾向に基づいて選択され、表示されているものであることに気付いていません。

アメリカの民主主義は、2020年末(大統領選)と2021年の初め(連邦議事堂襲撃事件)のストレステストの中、辛うじて生き延びることができました。しかし、誤情報の脅威に対してきちんと取り組まなければ、次回はそううまくいくとは限らないと思います。

「陰謀論的な思考(conspiratorial thinking)はネットの暗い奥底から、街頭、そして首都、
議会の議事堂にまで、広がってしまいました。何千万人ものアメリカ人が「陰謀論」に陥り、Qアノンのような妄想まで信じる人たちがいます。信じるだけでなく、それに基づいて行動し、暴力を生み出し、ほかの人々や自分たちの命を危険にさらすことも厭わなくなったのです。

強調しておきたいのは、NLPは徹底して党派に属さない存在であるということです。党派性がないということは、私たちの組織のDNAです。私たちは、人々に対して、何を信じるべきか、信じてはいけないかを教えるのではなく、どのように考えるかや、どのように自分で判断するかというスキルを身につけてもらいたいのです。
ですから、トランプの虚偽の発言や誤解を招くような発言を指摘することもありますし、逆にトランプについて語られたことの中で、虚偽だったりや誤解を招いたりするような情報を例として取り上げる場合もあります。これは、私たちが党派性を帯びない団体であり続けるための方法のひとつです。

ニュースリテラシー教育の必要性

アメリカには全国的な教育カリキュラムがなく、50の州がそれぞれ学習基準を設けています。私たちは、ニュースリテラシーが、メディアリテラシーの一部でも公民科の一部でもいいので、高校を卒業するための必修科目として生徒が学ばなければならないスキルであるべきだと考えています。

NLPは、人々が、消費するニュースや情報、とりわけ他の人と共有する情報について、より注意深く、責任感を持って扱うようになるよう支援することを心がけています。「偽りのコンテンツ(の拡散)は私のところで止める」、「誤情報から生じる問題に加担せず、情報ソリューション(information solution)の一端を担いたい」と言ってもらいたいと思っています。ニュースリテラシーは、21世紀における重要なライフスキルだと信じています。

2016年の大統領選挙の後、世界各国における報道の自由についての教材をチェッコロジーに盛り込みました。ロシア、パキスタン、メキシコ、ナイジェリアなど、報道の自由が制限されている国のジャーナリストたちが、勇気を持って、その国で働くことがどのようなものかを語ってくれました。私は、ニュースリテラシー教育の必要性は、今後も高まり続けていくと考えています。