アメリカのNLP(ニュース・リテラシー・プロジェクト)を解剖する(後篇)~宮地ゆう

2021.01.18
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世界で利用者が広がるニュース・リテラシー・プロジェクト(NLP)の教材。後篇では、情報を見分ける教育の必要性は子どもたちだけでなく、大人たちにも広がっていることを見ていく。

宮地ゆう
朝日新聞記者。慶応義塾大学総合政策学部、同大法学研究科政治学修士課程修了後、フルブライト奨学金を得てコロンビア大学院(国際関係論)で修士課程修了。朝日新聞東京社会部、グローブ編集部、サンフランシスコ支局長などを経て、2018年から経済部。著書に「シリコンバレーで起きている本当のこと」(朝日新聞出版)など。

「アメリカのNLP(ニュース・リテラシー・プロジェクト)を解剖する」前篇はこちら

ただの投稿?それとも広告?「売り物」を見分ける力

NLPが力を入れる柱の一つが、広告の見分け方だ。広告かどうか見分けのつかないものがあふれていることの証しでもある。広告には、レベル1~3までの練習問題がある。SNSに投稿された動画や投稿など見ながら、これが広告なのかそうでないのかを見分けていくが、これも、レベルが上がると、大人でも難しくなってくる。

日本でも「ステマ(ステルス・マーケティング)」として問題になっているように、SNS上の広告は一見してそれとはわからないものも多い。子どもたちだけでなく、これもまさに大人にこそ求められる力でもある。

生徒たちには、特に人気のセレブや著名人が特定の製品を使っているところを見せるといったやり方は影響力も大きい。ただ、NLPが指摘するのは、それより見分けにくい「インフルエンサー」の存在だ。必ずしも誰もが知る著名人でもなく、SNSのフォロワーが多い人たちが、商品を使っているところや、日常の投稿の中にさりげなく商品を見せていることもある。
インフルエンサーが、企業から何らかの形で謝礼をもらっている場合は、それは広告とみなすべき行為となってくる。

例題を見てみよう。ある女性が、インスタグラムに宅配のミールキット(料理をするための食材やレシピなどが入って届くもの)が届いた写真を投稿し、いかにこのミールキットの使い勝手が良いかという話を書いている。ハッシュタグで会社がタグ付けされており、安くなるクーポンのリンクの場所も書かれている。ただ、投稿しているのは著名人ではなく、普通の女性のように見える。だが、これはインフルエンサーを使った形だ。この練習問題の答えは、「広告」。

説明では「ブロガーを使った広告であり、ハッシュタグ(#)に会社名を入れることで、(広告であることを示す規制の)免責になる。リンクにあるクーポンは、これをクリックすることで、この広告の効果を計測している」と解説してくれる。
次に、著名ミュージシャンが、エベレスト登山をしたと写真とともに書いたSNSへの投稿。

これもただの登山写真に見えるが、説明を読むと「世界的な登山ブランドのエディー・バウワーと登った」とさらりと触れている。これもインフルエンサーを使った広告だ。

FTC(米連邦取引委員会)が推奨する、広告であることを明示するハッシュタグを入れていないが、文章のなかでエディー・バウワーと触れてはいる、と説明している。これらはいずれも、注意深く見ないと大人でもすぐに判断できない。

ネットを怖がらせない

NLPの教材には、日本の教材で時々見るような「ネットの世界は怖い」「ネット依存は恐ろしい」といった、ただ怖がらせることで、なるべくネットを使わせないという方向へ誘導するような手法は出てこない。子どもたちだけでなく大人も、ネットから日々大量の情報を得ていること、そしてその中には有益な情報も多くあり、ネットなしにはもはや我々は生きていけないという現実を、まずは受け入れるところから始まっている。

アルゴリズムのところでも触れたように、テクノロジーには便利さと危うさという二つの側面がある。それをまず認識させた上で、玉石混交の情報の海の中を泳ぎ切るための「サバイバル技術」を教えよう、という姿勢だ。

さらに、人にはだれでも間違いや偏見があり、それは報道機関も例外ではないということを、最初から認めようという前提から出発している。こうした間違いや偏見を見抜く力を養うだけでなく、ネットを使って発信する人たちすべてにそれを意識させる狙いがある。

もはやニュースを流しているのは報道機関だけではない。個人がSNSなどでいくらでも発信できる時代である。間違いや偏見をただ批判するのではなく、人間の意識の中でなぜ偏見が生まれるのか、それをどう自分で認識するかといった根本の部分に目を向けさせようとしている。

「先生を教育する」新たな試み

2017年、NLPはさらに新たな試みを始めた。全米各地の地元テレビ、新聞、ラジオ局などと提携し、教員向けの研修を始めたのだ。この研修もナイト財団の助成金や寄付などでまかなわれており、地元メディアがボランティアで協力している。

2016年の米大統領選以後、学校から授業をしてほしいという要望が急増し、もっと多くの生徒に早くリーチする必要性が出てきた。「これまでは、生徒に直接教えることをメインにしてきたが、教員を研修することで、大人も教育されるだけでなく、より多くの生徒に内容を広げることができると考えた」と、NLPの研修担当ミリアム・ロメイズさんは語る。

2020年1月下旬、米中西部のオハイオ州アクロンで開かれた20回目の研修を取材した。

地元紙「アクロン・ビーコン・ジャーナル(ABJ)」が入る建物に、中学・高校の教員や図書館司書など約40人が集まった。ABJはかつて4度のピューリッツア賞を受賞したという、オハイオ州の中でも歴史ある新聞社だ。しかし、編集部門はどんどん縮小され、いま記者は25人。マイケル・シェーラー編集長は、「少ない人数でどれだけ地元の政治経済や教育などをきちんと報道できるかが最大の課題だ」と話す。

研修ではまず、ロイター通信などで20年以上の記者歴があるNLPの教育担当スザンナ・ゴンザレスさんが、直前に起きたばかりだった著名バスケットボール選手コビー・オブライエンさんの死亡事故のニュースを見せた。

「このニュースを最初にどこで知りましたか?」

教員の多くが、ゴシップ記事の多いネットメディアの名を挙げた。実際、この事故を最初に報じたメディアだ。

「ゴシップメディアの記事が最初だったので、当初は半信半疑だった」「他のメディアが引用しはじめたのでようやく信じた」と言った声が上がる。

次に、ゴンザレスさんが大量に出回った偽の事故現場のツイートなどを見せながら、いつの時点でどのメディアやだれがどのようなツイートをしていたのか、検証していく。中には「事故の報道はありますが、いま我々は確認中です」とツイートしているメディアもあった。ゴンザレスさんは、メディア内部でどのような判断がされていたかを、長年の記者経験から推測しながら説明し、編集部での確認作業の過程や、報道の判断を解説していく。

教員からは「ゴシップメディアでも正しいときがあり、判断が難しい」「どの時点だったらリツイートして良かっただろうか」などと、感想や質問が飛ぶ。ゴンザレスさんも必ずしも答えを知っているわけではない。みなで議論し、意見を聞き合うことが主眼だ。

実践的な内容もある。写真の真偽がわからないときに調べられるグーグルの写真検索の機能や、加工された画像を色の変化などから見分ける手法、写真に写った店の電話番号から撮影場所を特定するといったコツなども教える。

研修から見えてくるのは、フェイクニュースにだまされたり、真偽の判断に迷ったりしているのは、子どもたちだけではないということだ。教える側のはずの大人も同じくらい困惑し、方策を見いだせないでいる。教員たちからは「いままでこのフェイク写真は本物だと思っていた」「生徒にSNSの投稿などを見せられて、判断に困ることがある」といった本音が次々に漏れ、「自分だけではない」という安堵感も感じられた。

この研修は、地元のメディアと組んで、小さな町でも多く開いている。人口20万人たらずのアクロンでは、記者が取材している地元の社会問題は、教員にとっても身近な話題だ。

この日、新聞社は教員らにその日の編集会議の様子も公開し、ニュースの価値判断や、意見が二分される問題の報じ方、日々の取材で迷うことなども率直に話し合った。

2016年の大統領選報道を担当した記者は、トランプ大統領の発言について、「ウソだとわかっている内容をあえて報じるべきなのか迷った。とはいえ、自分たちが書かなくてもSNSで流れてしまう現実がある」などと、報道の判断の難しさを吐露した。

中学教師のローレン・ウィツァマンさんは「報道されるまでの過程や、記者がどれだけ考えて報じているかが見えて有意義だった」と話す。

アメリカでは地方紙が次々と姿を消しており、地元をカバーしている報道機関がない、という場所も増えている。それぞれの町で報道機関がどういう役割を担っているのかを知ってもらうこともNLPの重要な目的の一つだ。

NLPは研修に参加した人たちがその後もネット上でつながり、情報交換できる仕組みも提供している。ゴンザレスさんは「同じ課題を抱える教員同士をつなげ、コミュニティーを作っていくのも重要な目的だ」と話す。2020年度だけで、473人の教員が研修に参加しており、それぞれの地域にコミュニティーができつつある。

 

テクノロジーは急激に進み、大人たちは、次々と生まれる新しいSNSやスマートフォンの機能などについていくのがやっとだ。

「この間まではフェイスブックだったのに、いつの間にかインスタグラムになり、いまや生徒たちはみなティックトックですよ」と、オハイオ州の高校教師ロン・デグレゴリオさんは苦笑していた。

まさに、みなで手探りでやっていくしかない。そんなことを感じさせられる研修だった。子どもだけでなく、私たち大人こそ、学ばなければならないのかもしれない。