「ジャーナリズムの価値観は2割の支持層にしか受け止められていない、その信頼を広げる方法とは」平和博

2022.05.31
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ジャーナリズムの価値観は、わずか2割の支持層にしか受け止められていない――そんな「悪い知らせ」を告げる調査結果がある。メディアに対する信頼が低下傾向にあることは、長く問題視されてきた。調査では、信頼低下の背景を探るために、より本能に近い人々の「道徳観」を手がかりに、そこから見えてくるジャーナリズムの「間口」の狭さを指摘する。新型コロナ、ウクライナ侵攻と続く非常時のフェイクニュース氾濫の中で、メディアに対する信頼が、より切実に求められている。

平 和博
桜美林大学リベラルアーツ学群教授(メディア・ジャーナリズム)
早稲田大学卒業後、1986年、朝日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部、社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを担当。2019年4月から現職。著書には『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(2019年)、『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(2017年)、『朝日新聞記者のネット情報活用術』(2012年、いずれも朝日新書)、訳書として『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(2011年)、『ブログ 世界を変える個人メディア』(2005年、いずれもダン・ギルモア著、朝日新聞出版)、共著として『メディア産業論 デジタル変革期のイノベーションとどう向き合うか』(2020年、ミネルヴァ書房)、『メディアは誰のものか――「本と新聞の大学」講義録』(2019年、集英社新書)、『メディア・イノベーションの衝撃―爆発するパーソナル・コンテンツと溶解する新聞型ビジネス』(2007年、日本評論社)がある。個人ブログ「新聞紙学的」。

道徳基盤とジャーナリズムの原則

調査の中で、ジャーナリズムの基本原則を最も強く支持したグループは、米国人の中で最も少数派だった。我々が「ジャーナリズム支持派」と呼ぶこのグループは、調査対象者の10人中2人にすぎない。ジャーナリストたちが記事を書く際の枠組みや、多くの報道機関のマーケティングでの訴求。そのいずれもが、伝統的なジャーナリズムの価値を強調してきた。だがこの数字は、それらが信頼回復や新規購読者の獲得に、さほど効果的でないことを示している。

共同研究グループ「メディア・インサイト・プロジェクト」は昨年4月、調査報告の中でそんな指摘をしている。米ニュースメディア連合(NMA、旧米国新聞協会)傘下の調査研修機関「アメリカ・プレス研究所(API)」と、AP通信と社会調査機関NORC(シカゴ大学)による「公共問題調査センター」が参加した共同プロジェクトだ。

共同プロジェクトが取り上げたテーマは、ジャーナリズムへの信頼の低下だ。米調査会社ギャラップによるマスメディアの信頼度調査では、1976年の72%以降、長期的な低落傾向が続き、ドナルド・トランプ氏が米大統領に当選した2016年には最低の32%を記録。2021年の調査では、これに次いで低い36%となった。

今回の調査で、共同プロジェクトが信頼低下の背景を探る手がかりにしたのが、ニューヨーク大学教授、ジョナサン・ハイト氏が著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳、紀伊國屋書店 、2014年)で提唱した「道徳基盤理論」と呼ばれるものだ。

ハイト氏は、米国社会の左右の分断を「ケア(思いやり)」「公正」「忠誠」「権威」「神聖」という5つの「道徳基盤(道徳的価値観)」から考察。リベラル派が「ケア」「公正」の2つを強調するのに対し、保守派は5つの価値観すべてを網羅し、より幅広い層にアピールすることで優位に立つ、と見立てた。

今回の調査ではハイト氏の協力も得て、この枠組みをメディアの信頼低下の解明に応用した。

調査ではさらに、メディアの機能に対する評価を重ね合わせるため、「権力監視(Oversight)」「ファクト重視(Factualism)」「社会批判(問題の指摘、Social Criticism)」「弱者の代弁(Giving voice to the less powerful)」「透明性(Transparency)」というジャーナリズムの5つの基本原則についても尋ねている。このうち過半数の支持が得られたのは「ファクト重視」の67%のみ。5つの原則すべてを支持する、と答えたのは全体の11%にすぎなかった。

5つの道徳基盤と、5つのジャーナリズムの原則。合わせて10の指標から調査対象者を4グループに分けた結果が、冒頭の指摘だ。つまり、ジャーナリズムが大切にしてきた「価値」は、限られた人々にしか受け止められていなかったという「悪い知らせ」だった。

信頼を広げるためには

4グループの中で最大だったのが、道徳基盤のうち「権威」「忠誠」を重視し、ジャーナリズムの原則は重視しない「伝統擁護派(The Upholders)」(35%)だった。ただし、ニュースへの関心は高い。

次いで多かったのが、道徳基盤全般とジャーナリズムの原則をいずれも評価する「モラリスト派(The Moralists)」(23%)だ。道徳基盤、ジャーナリズムの原則のどちらにも否定的な「無関心派(The Indifferent)」(21%)がこれに続く。

そして前述のように、「ジャーナリズム支持派(The Journalism Supporters)」(20%)が最も少数派だった。このグループは「ケア」「公正」を重視し、ジャーナリズムの原則を最も尊重する。

この4グループのニュースへの信頼度を見ると、「伝統擁護派」「無関心派」でそれぞれ「信頼しない」が半数近く(46%と45%)を占め、「ジャーナリズム支持派」「モラリスト派」が「信頼する」が半数を超す(58%と51%)。各グループを党派別に見ると、民主党支持が約8割を占める「ジャーナリズム支持派」以外は、民主党支持、共和党支持、無党派が混在する。

元になったハイト氏の見立てに沿うならば、道徳基盤からみたメディアの信頼低下の背景には、リベラルの限界と同様の「間口」の狭さがある、ということになる。つまり記事もマーケティングも、伝統的なアプローチのままでは、全体の2割という少数派の「ジャーナリズム支持派」にしか届かない。

調査ではこの道徳基盤の視点から、「ジャーナリズム支持派」が重視するリベラル的な「ケア」「公正」に加えて、「伝統擁護派」などが重視する「権威」「忠誠」の価値観を記事や見出しに反映させることによる反応も尋ねている。「間口」を広げたらどうなるか、という実験だ。

具体的には、市役所の汚職事件を伝える記事で、不利益をこうむる住民への寄り添い(「ケア」)、不正行為への批判(「公正」)で構成した標準型と、納税者への背信(「忠誠」)、市長への不服従(「権威」)などの要素を強調することで、問題をより構造的に描く改訂型を作成。反応を尋ねたところ、記事の情報量はほぼ同じでも、改訂型は「忠誠」「権威」を重んじる人々の評価が高まったという。

最大グループの「伝統擁護派」は、ニュースへの関心は高いが、メディアには懐疑的だ。調査報告ではその理由の一つとして、「政府の業務の障害となることを懸念」しており、「問題指摘のニュースだけではなく、うまくいったことのニュースをもっと読みたいと思っている」と述べている。

「社会を分断する勢力」

メディアは社会を分断する勢力――PR会社のエデルマン・ジャパンが今年(2022年)3月23日に発表した日本を含む世界27カ国の調査報告「トラスト・バロメーター」は、メディアについてのそんな評価を伝える。

調査の中で、「企業」「NGO/NPO」「政府」「メディア」の信頼度を尋ねる設問では、「メディア」が最も低く、各国平均が50%であるのに対し、日本はそれを下回る35%となっている。

また、社会のリーダーへの心配を問う設問では、「意図的に人々を欺こうとしている」との回答が、「自国の政府のリーダー」「企業のリーダー」に比べて「ジャーナリストや記者」が最も多く、27カ国平均で67%、日本では52%だった。

さらに「政府」「企業」「NGO/NPO」「メディア」について、「社会を統一する勢力」か「社会を分断する勢力」かを尋ねた設問では、対象24カ国の平均で「分断する」が「統一する」を上回ったのは「政府」(48%と36%)と「メディア」(46%と35%)だった。特に日本では4つのグループのうち「メディア」のみが「分断する」(40%)が「統一する」(28%)を上回った。

ニュースソース(情報源)への信頼度を尋ねる質問で、トラディショナル(既存)メディアについての日本の回答は39%。各国比較で見ると、最低のロシア(35%)に次ぐ低さだった。

このような「メディア」に対する評価は、どこからくるのか。「企業」「NGO」「政府」「メディア」について、「社会が直面している問題を解決し、新たな課題に対処するために、組織横断的な取り組みを率先して行う」ことがその組織の強みだと思うかどうかを尋ねた設問の24カ国平均は、「企業」「NGO」がともに55%、次いで「メディア」(45%)「政府」(44%)の順だった。だが日本での回答は、「企業」(49%)、「NGO」(38%)、「政府」(32%)に対して「メディア」が最も低く26%だった。

この結果から描かれるメディア像は、社会を分断し、課題解決の能力を持たない存在、ということになる。

前述の「メディア・インサイト・プロジェクト」の調査では、メディアに否定的な「伝統擁護派」が持つ懸念として「政府の業務の障害となること」を挙げており、さらに「問題指摘のニュースだけではなく、うまくいったことのニュースをもっと読みたいと思っている」との要望を紹介している。

問題指摘の先に、社会を前に進めるための具体的な解決策や解決事例を提示する。そのような課題解決と社会への貢献の姿勢が求められているようだ。

フェイクニュースをゼロにするよりも

メディアの信頼が改めて注目される背景には、フェイクニュースの氾濫がある。特に新型コロナが大流行となった2020年以降、フェイクニュースの氾濫(インフォデミック)は、命や健康への直接的な脅威となり、社会不安を加速させる要因となった。

さらに今年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、情報戦としてのフェイクニュースの氾濫を世界規模で目にするようになった。

前述のエデルマンの「トラスト・バロメーター」の調査実施は昨年11月で、ウクライナ情勢の緊張が高まっているタイミングでもあった。フェイクニュースに関する設問では、「虚偽の情報やフェイクニュースが武器として利用される可能性を心配している」との回答が、27カ国平均で76%(前年比4ポイント増)、日本でも64%(同5ポイント増)となっている。

このようなフェイクニュースへの対策には、どのような取り組みが有効か。

「フェイクニュースを信じる人」をゼロにするよりも、信頼できる情報を「正しい」と受け入れる割合をわずか1ポイント引き上げるだけの方が、情報環境の健全化には効果がある――英ブルネル大学ロンドンなどの研究チームは今年1月12日に、そんなシミュレーション結果を発表している。

研究チームは、先行研究の調査結果を検証し、本物のニュースが受け入れられる割合をおおむね60%、フェイクニュースが受け入れられる割合を30%と見積もる。

その上でシミュレーションではまず、メディアリテラシーの向上などによってユーザーのニュース判断力が高まり、フェイクニュースを受け入れる割合が当初の30%から0%になるシナリオを想定した。フェイクニュースは全体の5%流通しているが、誰もそれを信じない、という状況だ。

すると、これによる情報環境の健全度への改善効果は、本物のニュースの受け入れ度を当初の60%から61%へ、わずか1ポイント引き上げただけの効果をやや下回る結果になった、という。

つまり、フェイクニュースへの効果的な対策としては、本物のニュースへの信頼度向上の方が、はるかに効果が期待できることになる。

レジリエントな社会づくり

新型コロナ、ウクライナ侵攻と、これまでになかったようなフェイクニュース氾濫を相次いで目の当たりにし、情報環境を健全に保つことは喫緊の課題として認識されてきた。フェイクニュースにも揺らぐことのない、レジリエント(強靭)な社会づくりだ。

ブルネル大学ロンドンなどによるシミュレーション結果からは、本物のニュースの受け入れ、すなわちメディアへの信頼度の向上が不可欠であることがわかる。

「メディア・インサイト・プロジェクト」とエデルマンの調査結果からは、そのための手がかりとして、問題を指摘するだけではなく、課題解決までの方策を示し、社会を停滞や分断から前進させることも求められているようだ。社会の「傍観者」としてのメディアから、社会の「当事者」としてのメディアへの転換だ。

これまでの価値観や原則のままでは、ジャーナリズムは、社会の2割にしか届かない。「メディア・インサイト・プロジェクト」やエデルマンの指摘を受け止めるなら、まずはメディアが自らの課題を解決し、前に進む必要がある。フェイクニュース対策には、メディアへの信頼が欠かせない。しかしその信頼は、メディアの変革の先にしかない。