情報の選び方や解釈の偏りについて、生徒自身に気付かせる授業とはどのように展開していくのか。後篇では、米国で開発された教材「コモンセンスエデュケーション」のメディアリテラシー教育を基に、具体的な方法を考えていく。
今度 珠美
鳥取市出身。鳥取大学大学院修了。教育学修士。鳥取県情報モラルエデュケーター。国際大学GLOCOM(グローバル・コミュニケーション・センター)客員研究員。年間150回以上、学校や教員向けのメディアリテラシーやデジタル・シティズンシップの授業、研修を行っている。
デジタル・シティズンシップとメディアリテラシー~情報モラル教育との違い~(前篇)はこちら
メディアリテラシーの役割
米国には、広く普及しているデジタル・シティズンシップ教育の教材がある。「コモンセンスエデュケーション(Common Sense Education)」である。12020年には米国の60,000以上の学校に勤務する60万人以上の教育者が利用した。本教材は、ハーバード大学大学院の研究機関Project Zeroが2010年から研究、開発に着手した教材で、幼稚園児から高校3年生までを対象とし、次の6領域をカバーするように作成されている。(括弧は各領域で育成する学びについて解説している)
1 メディアバランスと幸福(自身のデジタル生活でのメディア利用のバランスを考える)
2 プライバシーとセキュリティ(皆のプライバシーに気をつける)
3 デジタル足跡とアイデンティティ(我々は誰なのか定義する)
4 対人関係とコミュニケーション(言葉と行動の力を知る)
5 ネットいじめ、オンラインのもめごと、ヘイトスピーチ(親切と勇気)
6 ニュースとメディアリテラシー(批判的思考と創造)
この6つの領域には情報モラルと共通するテーマもあるが、デジタル・シティズンシップでは、どのテーマでも、批判的思考と創造者としての責任を強調し、多様性に配慮し、生徒が主体的に学ぶ流れとなっている。
領域の6番目にはメディアリテラシーが入っている。では、デジタル・シティズンシップとメディアリテラシーという概念はどのような経緯で結合し、批判的思考がデジタル・シティズンシップに位置付けられたのだろうか。そして、批判的思考は、デジタル・シティズンシップにどのような役割を果たしているのだろうか。
メディアリテラシーについては、全ての生徒が21世紀型リテラシースキルを確実に身につけるための公教育システムの構築や、全米でのメディアリテラシー法の制定に取り組んでいるNPO法人、Media literacy Nowが次のように解説している。2
「メディア・リテラシー教育(メディアのメッセージに批判的思考を適用し、メディアを使って自分のメッセージを作成することを教える)は、21世紀の重要なスキルである。メディア・リテラシーは、子どもたちの健康と幸福、そして将来の民主主義の市民生活や経済生活への参加に不可欠なものである」
そして、2017年4月、米国ワシントン州にて制定された「デジタル・シティズンシップ法」にて、デジタル・シティズンシップとは「今日の情報技術の利用に対して適切かつ責任を持った健康的行為の規範であり、デジタルおよびメディアリテラシー、倫理、エチケット、および安全性、メディアへのアクセス、分析、評価および解釈」を含むものとして定義された。3デジタル・シティズンシップの要素にメディアリテラシーが包摂されることが、ここで明確に示されたのである。
ちなみに、このワシントン州のデジタル・シティズンシップ法では、メディアリテラシーは「メディア・メッセージに関わる批判的思考を可能にするスキル」と定義され、デジタル市民に関しては「メディア創造の主要な方法であるデジタルツールを効果的かつ深く考えて活用するリテラシー・スキルを持った市民」と定義されている。 本定義は、「情報社会を構築する善き市民には批判的思考と創造者としての責任が必要」であることを示している。
Media literacy Nowの研究者クルアン・ウェッブは、「メディア・リテラシーが、善きデジタル市民となるために重要な役割を持つ」ことを次のように解説している。4
「インターネットはこれまで以上に多くの情報にアクセスできるようになったが、残念ながら事実と虚構の境界線が曖昧になり始めている。コネチカット州の生徒たちが現代社会で責任ある市民となるように準備するためには、メディア・リテラシーの教育を確実に受けさせなければならない。これは、どのような情報が信用でき、何が信用できないのかを見極めるのに役立つ。これらの基本的なスキルは、将来の世代が情報を得て、安全を確保し、良きデジタル市民になるのに役立つものである」
Media literacy Nowが、このような強いメッセージを発表したのは理由がある。2016年当時の米国は、大統領選挙を機に「フェイクビジネス」が出現し、多くのデマや陰謀説、ヘイトスピーチがメディアを席巻した。フェイクニュースサイトが次々登場し、サイトはクリック数などで多額の収入を得た。これらの事象は、社会の分断を招き、民主主義の根幹を揺るがしかねないと、多くのメディア関係者も危惧するところとなった。
現実社会でもソーシャルメディアでも、同じような思想や価値観の人とのみ交流するような状況が広がる中で、寛容さを学び、多様な考えの人と議論する場面を教育現場に作ることが必要とされた。若者の政治参加などの社会背景も加わり、メディアリテラシーを向上するための教育が急務であるとされ、シティズンシップ教育がより注目されるようになったのである。
Media literacy Nowを設立したエリン・マクニールは次のように述べている。5
「メディア・リテラシーもデジタル・シティズンシップも参考の枠組みであり、態度であり、そしてそれぞれ他者を補完する学習へのアプローチである。メディア・リテラシー教育は企業やイデオロギー的なメディア制作者、デジタルツールのメーカーを批判的に検討するスキルを発達させる。探究学習と批判的思考の方法がはっきりと含まれており、エビデンスベースのカリキュラムと国際的に認知された学術的研究領域の長い歴史によって支えられている。メディア・リテラシーとデジタル・シティズンシップは教育政策においてどのような場合でもともに議論されるべきである」
このように、2016年当時の社会背景と、Media literacy Nowの運動により、批判的思考はデジタル・シティズンシップの中で大きな意味を持つようになった。2017年にクルアン・ウェッブがMedia literacy Nowのウェブサイトで述べたとおり、メディアリテラシーはデジタル・シティズンシップにおいて、「現実社会の諸課題と向き合う上で、どのようなメディアの特性をどのように理解するか、ソーシャル・メディアにおけるメッセージやアルゴリズムの批判的読解と創造者としての責任を学ぶ」役割を果たすようになったのである。
コモンセンスエデュケーションのメディアリテラシー教材
デジタル・シティズンシップ教育教材である、コモンセンスエデュケーションの「ニュースとメディアリテラシー」のカリキュラムは、次のような構成、内容となっている。
・中心的な質問:「表示および作成する情報について、どのように批判的に考えることができますか」
・子どもたちは、デジタルニュースと情報源の信憑性と信頼性を特定し、思慮深いメディアクリエイターと消費者としての責任を持つためのスキルと気質を養う。
・レッスンでは、「事実と根拠を探究」し「行動する」ために、メディアリテラシースキルの実用的な応用、展開のための教材を使い、学びを深める。
・小学生は、メディアの定義、写真操作(加工)、効果的な検索方法、デジタル創造者としての権利と責任、オンラインニュース記事の基本要素や仕組みの理解など、メディアリテラシーの基本概念に焦点を当てる。
・中学生および高校生は、情報を読み、誤った情報、および偽情報を分析する方法に関するスキルを習得する。また、個人の感情と知識経験のバイアスが、ニュースの理解をどのように形成するかについても検討する。生徒は、フィルターバブル(見たい情報しか見えなくなること)や反響(「いいね!」やアクセス数)から抜け出す方法を探求する。これは、批判的な思想家であり市民であるという、自身や他者への責任を学ぶためである。
「ニュースとメディアリテラシー」の教材では、核となる5つの質問が用意されていて、そのバリエーションから学びを深められるように提案されている(表1)。この質問を読むと、メディアリテラシー教育の中で「個人の感情と知識経験のバイアスがメディアの理解をどのように形成するか」を重視していることがわかる。
1. このメッセージは誰が作成したのですか (メディア・メッセージは全て構成されたものである) |
2. 私たちの注意を引くために、どのようなテクニックが使われていますか (メディア・メッセージは創造的言語とそのルールを用いて構成されている) |
3. 人々はこのメッセージをどのように解釈するでしょうか (多様な人々が同じメッセージを多様に受け止める) |
この質問は、私たちがメディアのメッセージをどのように解釈するか、私たちの背景、価値観、信念をどのように反映するかを考えます。どんなメディアでも、見る人の数だけ解釈があります。自分とは異なる背景を持つ人が同じメッセージをどのように解釈するかを考えることが大切です。 |
4. どのようなライフスタイル、価値観、視点が表現されていますか。あるいは欠けていますか (ほとんどのメディア・メッセージは、利益を得るため、または(および)権力を得るために作られる) |
私たちが目にするものをどのように解釈するかに、私たち自身の背景や価値観を持ち込むように、メディアのメッセージ自体にも価値観や視点が埋め込まれています。生徒が、あるメッセージから、どのようにして特定の視点や声が欠落しているのかを疑問に思い、考えることができるようにします。特定の視点が欠落している場合、それはメッセージにどのような影響を与えるのでしょう。また、人気のあるメディアが、時に特定の固定観念や価値観、視点を強化することがあることについても議論します。 |
5. このメッセージはなぜ送られているのですか (メディアは価値観と視点を含んでいる) |
この質問では、生徒にメッセージの目的を探ってもらいます。情報を提供するためなのか、楽しませるためなのか、説得するためなのか。それともこれらの組み合わせなのか。そして、なぜ特定のメッセージが送られたのか、その背後にある可能性のある動機も探ります。様々なメディア産業の背後にある経済構造を調べることも重要です。 |
授業では、これら5つの質問をどのように織り込んでいくかを考え、応用し、実践する。この質問に答えるためには、(多様な人々が情報を多様に受け取るのならば)多様な人々の知識や理解がないと考えることができないことや、自身の持つバイアスを意識する必要がある。
このように、生徒は、質問を通してデジタルニュースと情報源の信憑性と信頼性を特定し、自身の持つ価値観の反映や、多様性に配慮しながら、思慮深い「メディア創造者」「消費者」としての責任を持つためのスキルと気質を育んでいく。
ちなみに、メッセージという概念にはコミュニケーションが含まれており、伝達される情報のことである。メディアメッセージが人権侵害や社会の分断を引き起こすこともあるため、この問いを通じて、どのような社会像を目指すのかも意識していく。
確証バイアスに挑戦する
中学校で、「認知バイアス」とその一部である「確証バイアス」について学ぶ教材がある。「認知バイアス」とは、個人的な経験や好みによって情報を認識することで生じる思考や判断の現象のことをいう。その中の「確証バイアス」とは、自分がすでに信じていることを肯定するように情報を解釈する傾向のことだ。例えば、「認知バイアス」は、全身黒ずくめの服装の女性は気が強いと思い込んでしまうような傾向を言い、「確証バイアス」は、女性は感情的だと考える人は理性的な女性を認めなくなるなどの傾向をいう。
この学習の目標は以下の3点である。
・自分に確証バイアスがあることを認識する。
・自分が理解していると思っていることが、実際には理解できていないかもしれないことを考える。
・自分の意見に反対する人の視点を調べ、検討する。
授業では、まず3つのフェイクニュースの事例を読み、自身の確証バイアスがこのニュースを信じる可能性をどのように高めるのかを検討する。そして、上記の5つの質問を通して、議論し、確証バイアスに挑戦する戦略を立てていく。
授業後には、保護者に対し生徒を通して以下のような5つの助言をする。このとき生徒には、次のように語りかける。
「今、あなたは責任あるデジタル市民としてのあり方を学んでいます。あなたが家族のために専門家となり、自分の知識を家族と共有する時が来たのです。皆さんは批判的思考力と創造力を身につけることを学んできましたが、今度は家族が同じことをするのを手伝う番です」
生徒を信頼し、メディア利用者、創造者としての責任を自覚する自律した一人として認め、確証バイアスに挑戦する方法を保護者と共に考える。この姿勢がデジタル・シティズンシップの良さであり素晴らしさだと思う。
保護者への5つの助言というのは、次のような内容だ。
「子どもたちがフェイクニュースを見分け、メディアのメッセージを読み解くために」
1. 健全な懐疑心を育む。
インスタグラムの投稿からニュースの見出しまで、身の回りのメッセージを分析し、目にした言葉や画像の目的を疑うようにしましょう。
2. 広告を探すゲームをする。
テレビや看板で広告を見かけたら、その広告が何を売っているのか、子どもに考えてもらいましょう。明らかなこともあれば、そうでないこともあります。なぜ特定の商品を売るために、特定のイラスト、音楽、言葉が使われているのかを探ってみましょう。
3. 物語のさまざまな側面を探る。
同じ状況でも、人によってまったく違う見方をすることがあることを、実例を使って理解します。きょうだい間の争いは、同じ出来事に対して2人の人間が全く異なる意見を持つことを示す良い例です。議論が分かれるテーマについて話し合ったり、順番にどちらかの意見を主張したりすることで、子どもたちがさまざまな価値観、視点を意識できるようにします。
4. “共有すべきか”ゲーム
子どもと一緒に、どのようなコンテンツをネット上の友達と共有するか、話し合ってみましょう。どのような情報を共有したいですか。また、共有する前に必ず事実かどうかを確認しますか。共有するかどうかの判断に、感情はどのように影響していますか。何かを共有して、後でそれが真実ではないと分かったことはありますか。
5. いろいろな情報源を選んでください。
子どもには、さまざまな場所からニュースや情報を得る方法を示し、どのようにして選択するかを説明します。どこで情報を得ているのか、また、その情報が信頼、信用できるものか、公平なものかを判断するために、どのような手段を使っているのかを聞いてみましょう。視点の異なる報道機関をいくつか見て、気づいたことを話し合いましょう。偏見、風刺、クリックベイト(ユーザーにクリックしてもらうために扇情的なタイトルをつけ、興味を引いて閲覧者数を増やす手法)について話し合いましょう。
このように、デジタル・シティズンシップのメディアリテラシーは、メディアを批判的に読み解き、情報の信憑性を確かめるために、自身のバイアスを認識し、偏ったバイアスに挑戦する方法とその理由を、子どもとその周りの大人とともに検討していくのである。
GIGAスクールでアダルトサイト対応どうする、現場の先生からの悩み事にもデジタル・シティズンシップで応える
文部科学省のGIGAスクール構想により、生徒1人につき1台の端末と大容量の通信ネットワーク環境の整備が進んでいる。この整備が進むにつれて、各地の自治体や学校から、よくこのような相談が来るようになった。
「生徒が、持ち帰った端末でアダルトサイトなどを見ているようだ。不適切なサイトを見られないように、厳しい規制を科すべきではないか」
筆者は、「そんな制限をかけても、生徒は抜け道を探すのではないでしょうか」と答えている。それに、個人のスマホを持てばアダルトサイトも見ることができる。むしろ必要なことは、規制をかけることではなく、彼ら自身が「仕組みを知る」ことだ。その学びがあれば、彼らを立ち止まらせることができるかもしれない。
筆者は、教育現場で、このような実践をしている。「アダルトサイトを見たら、次から何か別のサイトを見るたびにアダルトな広告が出るようになる。あなたがアダルトサイトを見たというシグナルがウェブ上で伝えられるからです。どうしてアダルトサイトが無料で提供されているか、どこから収入を得ているか(答えは広告ですね)、考えてみましょう」
そうすると、生徒たちからは「自分がアダルトサイトを見ていることが外に伝わっているのって、恥ずかしいな……」という声も出てくる。
前述のコモンセンスエデュケーションの教材で、ビッグデータについて考える項目の中には、こんな問いがある。
・ネットの商品やウェブサイトをより多く見てもらうためには、例えば中学生の消費者は何を必要とし、何を好み、何を欲しがっていると思いますか。自身であればどのような企画を立てるか考えてみよう
・企業はどのような種類のデータをよく見ていると思いますか
・行動データはどのように収集されると考えますか
このような問いをたてることで、生徒とともにアダルトサイトの問題も考えていくことができ、生徒の行動変容にもつながる可能性がある。
デジタル・シティズンシップ教育は何をめざすべきなのか――それは、自身の確証バイアスに挑戦し、フィルターバブルから抜け出し、メディアを消費するとともにコンテンツを創り出す責任を自覚する自律した善き市民を育てることだと、筆者は思う。
注
1 Common Sense(2020)Common Sense Education.
https://www.commonsense.org/education/(参照日2021.5.01)
2 Media Literacy Now(更新年不明)What Is Media Literacy?
https://medialiteracynow.org/what-is-media-literacy/(参照日2020.5.01)
3 Washington Office of Superintendent of PUBLIC INSTRUCTION(更新年不明)FINAL BILL REPORT SSB 6273. http://lawfilesext.leg.wa.gov/biennium/2015-16/Pdf/Bill%20Reports/Senate/6273-S%20SBR%20FBR%2016.pdf?q=20210907223804 (参照日2021.9.08)
4 Qur-an Webb(2017)Connecticut has New Media Literacy and Digital Citizenship Law. Media Literacy Now.https://medialiteracynow.org/connecticut-has-new-media-literacy-and-digital-citizenship-law/ (参照日2021.5.01)
5 McNeill Erin(2016)Linking Media Literacy and Digital Citizenship in the public policy realm. Media Literacy Now. https://medialiteracynow.org/linking-media-literacy-and-digital-citizenship-in-the-public-policy-realm/(参照日2021.1.15)
参考文献(前後篇通じて)
・ 今度珠美・坂本旬・豊福晋平・芳賀高洋(2021)「批判的思考をデジタル・シティズンシップに位置付けた米国メディア・リテラシー教育の構成要素と役割の整理」『日本教育工学会春期全国大会論文集』
・ 坂本旬(2021)「デジタル・シティズンシップの可能性と教育学の再考「ポスト真実」世界のディストピアを超えて」『教育学研究』
・ 坂本旬・芳賀高洋・豊福晋平・今度珠美・林一真(2020)『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』大月書店
・ 坂本旬・豊福晋平・石原一彦・芳賀高洋・今度珠美・林向達(2021)『デジタル・シティズンシップ教育の挑戦』アドバンテージサーバー
・ Qur-an Webb(2017)Connecticut has New Media Literacy and Digital Citizenship Law. Media Literacy Now. https://medialiteracynow.org/connecticut-has-new-media-literacy-and-digital-citizenship-law/ (参照日2021.5.01)
・ ローラーミカ(2020)「民主主義のための教育―アメリカのシティズンシップ教育の動向―」『レファレンス』