いま、なぜメディアリテラシー教育が必要なのか(上)
〜激変するメディア環境に対応、「定義論争」や会社の枠を超えて

2025.01.09
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2025年の幕が開きました。振り返ると2024年は、SNSや動画投稿サイトといったソーシャルメディア上の情報拡散がひときわ注目を浴びた年でした。誰もが手軽に情報を発信し、日常生活になくてはならない便利なツールとなったソーシャルメディアですが、不確実な情報や偽情報が広がりやすいとも指摘されています。ソーシャルメディアでの情報拡散が選挙結果に影響したり、社会問題化する現象も起きています。
こうしたことを背景に、メディアリテラシーへの注目度は上がっており、スマートニュース メディア研究所への取材や問い合わせも増えています。本稿では、当研究所のこれまでの取り組みや、メディアリテラシーの研修や授業のポイントについて概観したいと思います。

山脇岳志
スマートニュース メディア研究所 所長
兵庫県出身。京都大学法学部卒。朝日新聞社で、経済部記者、論説委員、GLOBE編集長、編集委員などを務めた。アメリカには2回赴任(ワシントン特派員、アメリカ総局長)、欧州には、オックスフォード大学客員研究員、ベルリン自由大学上席研究員として滞在した。2020年、スマートニュース メディア研究所の研究主幹に就任、22年から所長。メディア情報リテラシー教育を研究・実践しているほか、世論調査の企画・運営にも携わっている。著書に「SNS時代のメディアリテラシー」(筑摩書房)など。

内外でソーシャルメディアの情報拡散が、選挙を左右

まず、ソーシャルメディアによる情報拡散という観点から、2024年を振り返ってみましょう。

24年は「選挙イヤー」とも言われ、内外で注目度の高い選挙が行われました。アメリカ大統領選では、未曽有の量の偽情報が出回ったと言われています。韓国の総選挙では与党が大敗しましたが、一部のYouTuberは不正選挙だったと根拠があやふやな主張をし、その言説に影響されたユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が非常戒厳を出したと報道されました。ルーマニアの大統領選挙では、無名だった候補が首位に立ちましたが、憲法裁判所は「デジタル技術の不透明な利用により投票が誘導された」として、選挙を無効とする判断を下しました。

日本の衆議院選挙や自治体の選挙でも、ソーシャルメディアをうまく活用した政党や候補者が躍進したり、当選したりしたことが大きな話題となりました。
選挙以外でも、能登半島地震などの災害時に、様々な虚偽情報がソーシャルメディアで広がったことや、殺人事件まで引き起こした「闇バイト」の募集もソーシャルメディア上で行われたことが社会問題になりました。

虚偽情報への対処だけでなく、生成AIなどのデジタル技術が飛躍的に発展する中で情報活用能力の向上を図るという観点からも、メディアリテラシー教育が必要だという意見も強まっています。2024年12月25日、阿部俊子文部科学相は、学習指導要領の全面改訂を中央教育審議会に諮問しましたが、その中に「メディアリテラシーの育成強化」が検討項目として入りました。

メディアリテラシーは、「対話」を重視し、分断緩和の一助になる

当研究所のメディアリテラシー教育・研修についてご説明する前に、私自身がなぜリテラシー教育の世界に入ることになったのかを簡単にお伝えしたいと思います。

もともと私は、新聞社の記者として2度アメリカに赴任したのですが、2度目の勤務の2016年、トランプ氏の大統領当選という出来事に遭遇しました。そこで、保守とリベラルの「分断」の激しさ、虚偽ニュースの広がり、マスメディア不信の深化を目の当たりにして、衝撃を受けました。

どの国でも、政策的な対立はありますし、それはあって当然です。アメリカの分断がなぜ深刻なのかといえば、「感情的分極化」が進んでいるからです。つまり、共和党支持者なら民主党支持者、民主党支持者なら共和党支持者に対して「大嫌い」「相手は敵」という感情を持つ人が非常に増えてしまい(共和党、民主党支持者の中にも亀裂がありますが)、建設的な「対話」が難しくなっているのです。

「感情的分極化」が進むと、政治家の発言についても、事実かどうかよりも敵をやりこめた(ようにみえる)かどうかが重視され、虚偽情報が広がりやすくなります。そんな中で、ジャーナリストのOBが立ち上げたNPOが、党派的に中立的な立場でリテラシー教育に携わっていることを、印象深く受け止めました。

後述しますが、メディアリテラシー教育の根幹は、「クリティカルシンキングを身につけること」だと考えられます。それは「異なる文化・意見の人との対話の重視」でもあります。より多くの人がメディアリテラシーやクリティカルシンキングのスキルを身につけることができれば、分断の緩和にも役立つと考えられます。

私自身は、2016年の体験から、日本の分断状況がどうなっているのかを世論調査で探りつつ、感情的分極化が深刻化する前に日本でメディアリテラシー教育を広めたい、と思うようになりました。それが、メディアリテラシー教育の実践を既に行っていたスマートニュース メディア研究所への転職の契機となりました。

スマートニュースがメディアリテラシー教育に取り組む理由

なぜ、弊社の研究所がメディアリテラシー教育を行っているのかについてもご説明します。

スマートニュース株式会社は、2012年創業のベンチャー企業で、ニュースアプリ「SmartNews」を運営しています。共同創業者である鈴木健、浜本階生は、会社設立当初から、会社のコアバリュー(核となる価値観)の一つとして、「for the common good(共通善のために)」を掲げました。そのコアバリューに基づいて2018年に設立されたのが、メディア研究所です。

このため営利会社の一部門ではありつつも、メディア研究所は収益を上げない「社会貢献」部門と位置付けられています。メディアリテラシー教育の研究・促進は、研究所の活動の柱の一つです。多くの人々がメディアリテラシーを身につけることが、よりよい民主主義社会の実現のために重要だと考えているためです。(民主主義とメディアリテラシーとの関係については、<下>で詳述します)

私の入社前には、主として中学・高校への「出前授業」を中心にリテラシー教育を行っていました。2020年に私が入社した後、リテラシー教育のメニューを増やし、現在では下記のような活動を行っています。

教育関係者向け ①授業実践例の公開、②オンライン教材の開発と提供、③教師の方を対象とした研修
一般向け ④テキストブックの出版、⑤当社ウェブサイトでの論考公開
研究プロジェクト ⑥ニュースリテラシー研究会の実施、⑦リテラシー教育の効果測定(実証研究)

①は、当研究所のウェブサイトから無料でダウンロードできる形で、先進的なメディアリテラシー授業を紹介しています。中学・高校などの先生、デザイン会社の協力を得ながら、授業の流れやポイント、授業を受けた生徒・学生の感想なども含めた「教材」としてPDF化しました。現在までに14の実践例が掲載され、昨年末時点で累計6700回ダウンロードされました。

②は、SNSシミュレーターというオンライン教材で、ゲーム形式でメディア情報リテラシーを学べるものです。これもウェブ上から、学校の先生方を対象に無料で提供しています。今月末でこのゲームは休止しますが、新たなゲームの作成に向けて取り組んでいます。

③については、教師の方々を対象にした研修の依頼があった場合にはできる限り引き受けるようにしています。2023年度から、長野県下の20年目の教師の方々が全員受ける「悉皆研修」に、当研究所の研修を入れていただきました。幸い、受講した先生方に好評だということで、今年夏には3回目の研修が予定されています。24年夏には、新潟県の県立高校の教師の方々の初任者研修にも入れていただきました。

①〜③の実施の背景には、我々が学校を直接訪問する「出前授業」では教えられる生徒の数が限られるため、教師の方々に教材を提供したり「教え方」を直接お伝えすることで、リテラシー教育に触れる生徒の数を飛躍的に増やしたいとの思いがあります。授業実践例をダウンロードしていただいた先生が、どのぐらいの期間で何回リテラシー授業をしたかの調査はしていませんが、仮に一つの教材で平均して合計100人の生徒に授業をしたと仮定すると、67万人が授業を受けた計算になります。SNSシュミューターの方は、小学生から大学生まですでに累計6万人以上が受講しています。

「定義論争」を乗り越える

メディアリテラシー教育に関心をもつ教師の方々が、授業作りの参考にしていただけるようなテキストブックの出版(④)も行いました。

メディアリテラシーについて日本語で書かれた良書はたくさんありますが、メディアリテラシーの定義からして様々でした。識者によって依拠する学問が違うからでもあります。教育工学、教育社会学、カルチュラル・スタディーズなど、さまざまな分野でメディアリテラシーが論じられています。ジャーナリストによる著書もあります。

定義が分かれている背景を理解しないと教えるのは困難だと考えた私は、国際的な定義に詳しい法政大学の坂本旬教授に、「理論・実践の両面で役にたつテキストブックを一緒に編集しませんか」ともちかけました。

幸い坂本教授の賛同を得られ、「メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む」(時事通信社)というタイトルで出版にこぎつけたのは、2021年末でした。定義については坂本教授に執筆いただいたほか、日本におけるメディアリテラシー教育の潮流について弘前大学の森本洋介准教授にわかりやすく説明していただきました。

また、アメリカにおけるリテラシー教育の第一人者、ロードアイランド大学のルネ・ホッブス教授、2000年発刊のベストセラー「メディア・リテラシー」(岩波新書)を執筆した菅谷明子氏、TBS出身で日本におけるメディアリテラシー教育の先駆者である下村健一氏、NHKでメディアリテラシー教育の取り組みにかかわる海野由紀子氏、フジテレビ解説委員で教育アナリストでもある鈴木款氏などのインタビューを掲載し、それぞれの方々が何を重点に研究・実践してきたかについて語っていただきました。

現代のメディア状況全般については藤村厚夫氏(当社フェロー)、若い世代のSNS利用については天野彬氏(電通)に執筆いただきました。上記の「授業実践例」のダイジェストを10本掲載することで、実践にも役立つようにしました。

ほかにも大学や高校の先生方や文部科学省関係者、県の教育長など様々な分野の方に登場いただきました。多様な方々に登場いただいたのは、細かい定義や手法の違いも含めた「小異」を乗り越え、メディアリテラシー教育を前に進めたいという思いからでした。そして、リテラシー教育の目標を「クリティカルシンキングの育成」と紐づけることについては、大方の賛同を得られるのではないか、という想定もありました。

上記の本のコンテンツの一部や、それ以外にも内外の様々な専門家の論考やインタビュー記事は、研究所のHPに掲載しており、無料で読んでいただくことができます(⑤)。

会社の枠を超えて「メディアリテラシー教育」を

また、この本では、アメリカの非営利法人、NLP(ニュースリテラシープロジェクト)の活動についても取り上げました。NLPは、元ロサンゼルスタイムズの調査報道記者だったアラン・ミラー氏が立ち上げた団体で、ニュースリテラシー教育についての教材を無料で公開したり、教員対象の研修を行っています。(ニュースリテラシーは、メディアリテラシーと近い概念ですが、詳しくはこちらの論考をご覧ください)。このNPOには、多くのアメリカの有力メディアが、会社の枠を超えて協力しています

日本のメディアの中にも、メディアリテラシー教育に取り組んでいる企業がいくつもあります。私たちは、メディアリテラシーやニュースリテラシーを日本に広めていくには、NLPもそうであるように、会社の枠を超えた共同の取り組みがあったほうが良いと考え、2022年春、有志のメディア関係者の集まりとして「ニュースリテラシー研究会」(⑥)を立ち上げました。

当研究所が事務局となり、数ヶ月に一度、お互いの取り組みをシェアしたり、政府当局者を招いて意見交換をしたりといった活動をしてきました。その中のメンバーが中心となり、教育関係者とメディア関係者が交流するイベントも実施しています。

メディアリテラシーを身につけるためのポイント1 メディアの特徴の理解

さてここからは、私どもの研究所が、学校での授業や教員向け研修でお伝えしているポイントについて概説していきます。まず、メディアリテラシーを向上させるために、以下の3つが重要だと伝えています。

1、メディアの仕組みや特徴について理解すること
2、あらゆる情報は、再構成されていることを意識すること
3、物事を複眼的にとらえるクリティカルシンキングを重視すること

1点目のメディアの仕組みについては、特にデジタルメディアのアルゴリズムへの理解が重要です。デジタルメディアはコンピューターのアルゴリズムを使って、私たちユーザーの好みに基づいて、個々のユーザーに最適化した情報を届けてくれます。Googleなどの検索サイトでは、過去の検索履歴などをもとに結果が表示されるので、人によって検索結果や表示順が違ってきます。

ソーシャルメディアや検索サイトが無料で使えることが多いのは、ユーザーがそのサービスを気に入って使い続けてくれることが、広告収入の増加につながるからです。このような仕組みの中では、人々の注意や関心(アテンション)を得ることが経済的な価値を産むことになり、その状況はアテンション・エコノミー(関心経済)とも言われます。

個人の側からみると、放っておくとソーシャルメディアや検索サイトのアルゴリズムによって「自分好み」つまり「自分が見たい情報」に囲まれてしまいがちです。こうした現象のことは「フィルターバブル」と言われます。情報が溢れているようでいて、むしろ世界が狭くなってしまうリスクがあります。

私たちの授業でも、アルゴリズムの仕組みを知らない生徒たちが「Google検索は、1番上に表示されるものが最も信頼できるものだ」と思い込んでいるケースがあります。知識の有無で、情報評価の判断が変わってしまうおそれがあります。

また、2024年1月の能登半島地震のときに、Xに「偽の救助要請」の投稿が出たことが問題になりましたが、それは投稿が見られた回数(impression)などによって、投稿者に収益が入る仕組みになっていることが関係しています。また、兵庫県知事選の際に、YouTubeなどで過激で人の興味をそそるような動画が多く視聴されることが発生しましたが、これも投稿の再生回数などに応じて投稿者に収益が入る仕組みと関係しています。情報の真偽はともかく「とにかく見られればよい」という一部の人の経済的動機が、救急隊を振り回したり、選挙結果に影響を与えかねないことには注意が必要です。

マスメディアについては、「マスメディアが報道するニュースは、基本的には何重にも事実確認や表現についてチェックされているのに対して、ソーシャルメディアでは必ずしもそうなっていない」ということを伝えています。生徒たちは、そのことをほとんど知らない、あるいは意識していないことが多いです。この点については、「情報リテラシー」の基礎について書いた拙稿と重なりますので、よろしければそちらをご高覧ください。

ポイント2 あらゆる情報は再構成されている

次に、「あらゆる情報は再構成されたり、切り取られたりしている」と意識するのも重要です。そのため、記事に見出しをつけてもらうワークショップを取り入れて研修や授業をすることがあります。

800字程度の記事をまず示します。ある人物が「幼少時にはクラスメイトをいじめたり万引きなどの犯罪をしたりして、学校を退学になったが、その後更生して建設会社の社長に上り詰め、奨学金団体を設立するなど社会貢献もしている」というストーリーです。Chat GPTを使って作った架空の記事ですが、すべて実際の出来事とみなしてもらいます。参加者(生徒や先生)に10分ほど読んでもらって「読まれそうな見出し」をつけてください、と伝えます。

実際に見出しをつけてもらったのち、4ー6人程度のグループの中でお互いに見せあって比較すると、その違いに驚き、場が盛り上がることが多いです。たとえば、「悲報ートップ会社社長の○○氏、過去のいじめや犯罪が判明」というネガティブな見出しもあれば、「どん底からトップへ 奨学金団体を作る○○建設の社長とは」というポジティブな見出しも出てきます。

どちらの見出しも、「事実」の中からピックアップしているので「虚報」ではないわけですが、見出しをどう取るかで、記事全体の印象が全く変わってしまうことを参加者は実感します。

人間だれしも美点も欠点もあります。時間や字数の制限がある中で、その人物のことを真に「公平」に伝えるのは難しいものです。上記のワークショップで、「発信者」「受信者」の両方の立場を経験することで、そのことを初めて自覚する生徒が多く、事後に好意的な感想が寄せられることが多いです。(ワークショップの詳細は、拙著「SNS時代のメディアリテラシー」(筑摩書房)に掲載されています)

映像にしても、たとえばインタビューした人の、どんな表情のどんなコメントを使うのか、たとえばデモや集会を扱うにしても、ズームで撮影するのか、ロングで撮影するのか、切り取り方によって、視聴者の受ける印象は異なってきます。NHKが小学生向けに実施している「メディアリテラシー教室」を見せてもらったことがありますが、そのことをわかりやすく子供達に教えていました。

マスメディアは、制限された字数や放送時間の中で、どんなニュースの題材を選び、どのような映像や談話を使うかといったことも含めた価値判断を行っています。そういう意味で、「完全に客観的でニュートラル」な報道というのはありえません。ただ、切り取り方が極端なケースでは、視聴者・読者が不満を持つのは自然なことです。だからこそ、良質なメディアは、多角的な観点から十分に取材し、多くの人に納得してもらえるニュース映像・記事を作ろうと努力します。完全にニュートラルな報道はないからといって、事実がどうでもよいわけではなく、ポイント1で説明したようにマスメディアは事実確認にコストをかけているということはおさえておくべきポイントだと思います。

マスメディアに限らず、情報の切り取りはあらゆる人や組織が行っていることであり、そもそも情報というものは切り取られたり再構成されたりしてしか伝えられないものである、という理解が大切だと思います。

ポイント3のクリティカルシンキング、さらに民主主義とリテラシーとの関係について<下>で取り扱います。