NHKはなぜ「メディアリテラシー体験教室」を始めたのか~海野由紀子さん インタビュー

2021.08.04
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日本放送協会(NHK)が、メディアリテラシー教室を、全国各地の小学生に行う取り組みを新たに開始した。これまでもNHKは、学校用にEテレでメディアリテラシー番組を放送してきたが、今回の取り組みを始めた背景や狙いは何か。今後どのような展開を考えているのか。担当プロデューサーである海野由紀子さんに聞いた(聞き手:山脇岳志、長澤江美)

海野 由紀子(うんの・ゆきこ)
日本放送協会 広報局制作部 チーフ・プロデューサー
上智大学比較文化学部卒。平成7年NHK入局。報道番組ディレクターとして番組制作。その後、アジア太平洋放送連合(ABU)、ヨーロッパ放送連合(EBU)のリエゾンなど海外渉外業務の他、経営関連の業務に携わったのち、現職。「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」を立ち上げから担当。

全国各地の4校をオンラインでつなぐ

――NHKは2021年6月から、全国の小学5・6年生を対象に、メディアリテラシーの新しい取り組みを始めました。 なぜ、この取り組みを始めたのでしょうか。

一つは、放送やインターネットサービスを展開する公共メディアとして、メディアリテラシー向上に対するニーズの高まり、社会的課題に対し、社会貢献として当然取り組むべきものではないかということからです。多様なメディアからの情報があふれる社会で、その情報がファクトなのか、オピニオンなのか、あるいはフェイクなのか、極端に偏り過ぎていないかなど、一つ一つ見極めることは、個人の力にゆだねられているのが現状です。メディアリテラシーの力を身につけることが、個人を助ける力となることがわかっていて、そのための教育の重要性が増しているのであれば、公共メディアとしてその課題に取り組む責任があるのではないか、これまでの経験や知見を活かし、私たちが役に立てることがあるのではないかということで取り組み始めました。

ご紹介いただいた「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」は小学生向けの大きな柱ですが、他にも年齢別にメディアのあり方について理解を深めていただく取り組みとして、中高生向けにはNHKのニューススタジオやドラマスタジオなどをオンラインで紹介する「バーチャル訪問学習」、大学生向けには、NHKの番組の舞台裏などを制作者が登壇して学生の皆さんとお話しする「オンライン・トークイベント」など、放送ではなく双方向型の体験型プログラムを少しずつ始めています。SNSや動画配信の普及で、テレビや新聞などの既存のメディアが見られなくなっているという中で、若い方々とこれからのメディアのあり方について一緒に考えていくこれらの機会は私たちメディアにとっても非常に重要であると感じています。

――小学校向けの「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」は、全国各地の学校を結んでいるんですね。

オンライン形式で、全国の4つの小学校を同時に結んで実施しています。各クラスにカメラを設置して、モニター画面には4校の様子が同時に映るようにしています。
休憩時間も含めて2コマ100分で行う体験型の教室で、東京のNHK放送博物館のスタジオにいるアナウンサーが進行役を務め、子どもたちが自分の意見を発表したり、他校の生徒の意見を聞いて感想を述べたりします。

――6月4日の第1回の午後の部に参加したのは、北海道別海町、山形県飯豊町、横浜市、佐賀市の小学校でした。この4校はどうやって選んだのですか。

地域が重ならないように北海道、東北、中部などのブロックに分けた中で、お申し込みの先着順が基本です。1月にはトライアルを実施しており、そのときの参加校は、仙台、浜松、金沢、川崎という組み合わせでした。

佐賀市の小学校は5,6年生6名の参加でしたが、小規模校からのお申し込みも目立ち、そのニーズも感じています。ある小規模校の先生からは、「極小規模校で学区が広く、下校後友人と遊べないためにメディア時間が非常に長い傾向があります。 また、職員数が非常に限られているうえに、複数学年の教材研究をしなければならないため手が回らず、教科書以外の学習、授業への広がりが非常に難しい。そうした状況であるので、ぜひ子どもたちに参加させたいと応募した」と聞きました。

――具体的な内容を教えてください。

現在のコンテンツのテーマは「画像や映像のねらいを読み解こう!」というもので、「受け手として、画像や映像には送り手のねらいや思いが込められている」ことを知り、「送り手として撮影や制作をするときに『誰に・何を・どう伝えたらよいのか』」について意識させます。
また、画像の加工は、どのような場面で、どのような加工なら許されるのかを考えることで、画像や映像を読み解くリテラシーを高めることをめざしています。
課題のひとつは、参加してくれる小学校に事前に取り組んでもらいます。「町のケーキ屋さんの魅力を伝えよう」という課題で、ケーキ屋さんを説明する16枚の画像の中からセリフにあわせて4枚を、クラスで話し合って選んでもらいます。そして当日は、なぜその4枚に決めたのか、学校別に発表してもらいます。

――第1回の教室では、「(広い範囲を写した)ルーズの画像で、ケーキの種類がたくさんあることを見せたほうがいい」という意見の学校があれば、「ひとつのケーキをアップで写した画像のほうが、おいしそうに見える」という学校もありました。

この課題から学んでほしいのは、「画像のアップやルーズには意味がある」ということです。
そして、シンプルな課題に見えますが、伝える言葉は同じでも、表現の選び方や伝え方は人によって異なること、またその違う意見を聞くということも大切な要素です。
2番めの課題は、あるテーマについて賛否を問う街頭インタビューを題材に考えます。賛成の声を多く集めた動画と、反対の声を多く集めたものとでは、見た印象がガラッと変わることから、「動画は作った人の意図を反映する形で編集されている」ことを学びます。3つめに、証明写真とSNSのアイコンに使う顔写真の違いや、観光パンフレット用に撮影した写真に写りこんだ工事車両を加工で消してもいいかどうかという議論から、「画像加工にはふさわしい場合とふさわしくない場合がある」ことを勉強します。
最後に「画像や動画の受け手として気をつけること、送り手として気をつけること」について、みんなで意見を述べあいます。

――メディアリテラシーでは、「あらゆる情報は再構成されている」という理解が重要だと思います。ケーキ屋さんを題材にすると、「情報の切り取り方」による印象の変化がわかりやすいですね。メディアリテラシーでは、「クリティカル・シンキング(批判的思考力)」を鍛えることも重要だと思いますが、そこは意識していますか。

まず、多様なメディアに接することで複眼的に物事をとらえて、自分なりに考える大切さについて、子どもたちが感じてくれたらと考えました。ポジティブな意味で「メディアを疑え」というか、俯瞰で見ることを覚えてくれるだけでも意味があったとは思っています。それが高度なクリティカル・シンキングにはならないとしても、その基礎となるのなら嬉しいと思います。
「ケーキ屋さん」がテーマだと、高学年には幼いのではないかという意見もあったのですが、シンプルなだけに、考える余白のある教材になったとは思います。

――メディアリテラシーの専門家の中には、時事問題も扱うべきだという意見もあります。また、米国の教育学者のダイアナ・ヘスは「論争問題がなければ民主主義もない」として、学校教育で論争的な政治的課題を教えることに積極的です。メディアリテラシーと民主主義には強いかかわりがありますが、NHKのメディアリテラシー教室で、今後、時事的な問題や論争的な問題を取り扱うお考えはありますか?

NHKでは、様々な年齢層に向け、メディアリテラシーについて発信したり、体験型のイベントを展開したりしています。ご覧いただいたように「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」は、小学生向けの入門編で、1回100分の体験型プログラムです。
参加する小学生にとって、メディアリテラシーと出会い、学びを深めていくきっかけとなることを期待しています。メディアリテラシーの学びを進めるプログラムの作成にあたっては、監修の先生や学校現場の先生方と活動案を検討し、対象年齢の子どもたちが興味を持ち、理解を深めやすいテーマを設定、コンテンツを制作しています。
この教室では、政治的テーマではありませんが、画像の編集や加工など、ネット社会を生き抜くのに重要な今日的テーマを取り上げ、子どもたちに議論してもらっています。

なお、NHKでは小学5,6年生を対象に「NHKジュニアブック」を制作、全国の希望する小学校に配布しており、「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」に参加する小学生にもお渡ししています。
現在のNHKジュニアブックの中には、「なぜトイレットペーパーの買いだめは起きたのか」(p9-10)という記事もあり、時事的な問題についても取り上げています。

また、大学生向けのオンライン・トークイベントでは、環境問題など時事的なテーマも取り上げ、議論しています。

コロナ禍ならではの意義

――題材や進行について、どうやって決めたのですか。

『メディアタイムズ』というメディアリテラシーに関する番組制作にたずさわったチームが、監修の日本大学文理学部教育学科の中橋雄教授や放送教育に携わっている現役の小学校の先生たちと一緒に、小学校5、6年生の授業にふさわしい内容として考えました。

――進行役の大橋拓アナウンサーは、子どもたちの意見を上手にすくい上げていました。急いで結論へ導こうとしていませんでしたね。

体験教室は教え込む場ではなく、アナウンサーは進行役として子どもが考える時間の伴走者という役回りです。そのまま放送するものでもないので、答えに時間のかかる子がいても急かさずに待とうという方針は決めておきました。正解があるものではなく、他の人の意見を聞いて考えが変わったり、自分で考えているうちに初めとは違う意見になったりと、子どもたちがメディアリテラシーについて考えるプロセスを大事にしています。

――初めて実施して、よかったと感じた点を教えてください。

実は一番よかったと感じたのは、コロナで移動が制限されている中で、他の学校とつながることに対する子どもたちの喜びようです。冒頭の学校の自己紹介で、飯豊町の子どもが「僕の家では、米沢牛を100頭以上飼っています」と言ったときの横浜の子どもたちの驚きぶりなど、とても面白かったです。

また、10分間の休憩時間は、当初は画面にフタをして見えないようにしておく想定だったのですが、たまたまそのままにしておくと、4校の子どもたちがそれぞれにカメラに寄ってきて、画面上の隣の小学校の子どもたちとじゃんけんを始めたり、クラスで飼っている動物を見せあったり、「そっちの学校は頭がいい学校なの?」と聞いたり。子どもたちはやはりどんな状況下でも遊びの天才で、“オンライン休み時間”がとっても面白い交流にもなっていました。

目的はメディアリテラシーを学ぶことですが、国内でも文化の違う離れた地域の子と触れ合い、同じ問いについて一緒に考えて交流できたことにも、意義があったと感じています。
特に5,6年生は林間学校や修学旅行といった大きな学校行事が中止になったり延期になったりしていることもあり、実施後先生方から、「子どもたちがこんなに楽しそうに笑っていた学校行事は今年初めてです」などの言葉をいただき、こちらもとても嬉しくやりがいを感じました。

また、オンラインということで、学校に来られないお子さんにも参加いただけるようにしています。最初にトライアルとして実施した際の参加校でのできごとがきっかけでした。
先生から「学校に来られていない子も参加できないか」と相談を受け、学校に来られないお子さんも別系統で見られるような環境を急きょ準備しました。そのうち一人は、コロナが不安で学校に来られなくなったという児童でした。学校に来られても来られなくても学ぶ権利は守られるべきもの。ちなみに、学校に来られなかったお子さんの一人は、当日登校し、発表もしてくれました。Eテレが大好きな児童で、どうしても参加したかったとのことです。
この経験があり、今年度からの本格実施では、学校に来られない児童もオンライン参加できるようにして、学校の先生に「もしも学校に来られない(不登校の)お子さんがいたら」というご案内ができるようになりました。

人と違っていいという「多様性」を大切に

――オンライン授業によって、不登校の生徒が入りやすくなったわけですね。

メディアリテラシー体験教室の中に、子どもたちがどんな意見も安心して言える多様性の空気を作りたいと思っています。
まだ始まったばかりで個人的な印象にすぎませんが、学校によって子どもの姿勢が違うことにも発見があります。みんな同じ意見になりがちなクラスや、半々に割れるクラス、他の子と違う意見をあえて取ろうとする児童がいるクラスもありました。

――もしかしたら、同調圧力を受けているのかもしれませんね。

私は高校時代、アメリカのミシガン州に留学していたのですが、ディベートのクラスがありました。たとえば死刑制度のぜひについて、自分自身の考えとは関係なく、一つの立場に立って、主張の裏付けとなる正しい情報を探し、それをもとに議論します。私には、とても興味深い経験でした。

今回の体験教室でも、異なる地域の個性あふれる子どもたち同士が意見を交わすことで、自分の意見をまとめてきちんと言えたり、他人の意見を聞いて「ああ、そうだな」と感じた点を自分の意見に取り入れながら発表したりする力がつけば、と思います。
さらに、他人と違っていてかまわないということ。他人の意見を攻撃とみなさず、異なる意見も聞きながら自分も発信し、共に新たな未来を構成していく仲間が増えていくという実感を持っていただくきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

――反省点や今後の課題はありますか。

トライアルでは、ケーキ屋さんの画像について発表だけに終わってしまい、なぜその画像を選んだのかというやり取りが足りない部分がありました。監修の先生や学校の先生方との振り返り会でも、「もっと子どもたちに突っ込んで、『なぜそう思うの?』という部分を引き出してほしい」と言われていました。
そこで今回は、やり取りから話を広げる努力をしました。4校をつないでいるので時間に制約はあるのですが、そこは今後も深めたいと思っています。子どもの言葉に対して進行役のアナウンサーがどう答えたら、さらに次の言葉を引き出せるのか。考えを自分の言葉にまとめて発信してもらえるのか。その点も、引き続き研究が必要だと思っています。

――放映される予定はないのですか?

そのまま番組にする予定はありませんが、学校がある地域のニュース番組では積極的に放送をしてもらいました。子どもたち自身が取材を受けてニュースに出ることも、「あれだけしゃべったのに、一言しか使われてない」とか「話した中のあの部分を取り上げたのか」と考えるきっかけになります。それも、メディアリテラシー体験だからです。

「生き抜く力」の一助となりたい

――事前と事後の2回、生徒と先生から、メディアリテラシーにからむアンケートをとったそうですね。どんな内容が多かったですか。

まだ暫定的ではありますが、アンケートを分析すると、メディアリテラシーの理解度は、教室の前に比べて、25%くらい上がっている感じでした。
たとえば、観光パンフレットに掲載されている写真は、実際は加工されていることがあります。生徒への、事前のアンケートでは「そう思わない」という答えが半数くらいあったのですが、事後は「そう思う」が、かなり増えていました。
6月に行った分はまだ集計中なので、トライアルのときの子どもたちの意見を紹介すると、「いままでは自分の意見を言う、発信することばかり考えていたけれども、他人の意見をちゃんと聞いて、その考え方も参考にして判断したいと思った」とか、「メディアが伝えていないところまで考えることが必要だということを知った」といった答えが目立ちました。

先生の事後のアンケートで「(教室の)最後にちゃんと答えが欲しかった」という回答もみられました。
これについては、世の中には、はっきり白黒つけられないことが存在すること、今回の教室ではそれを考える「プロセス」を大事にしたいのだと、改めて丁寧にご説明しました。

――体験型のイベントは、今回が初めてなんですね。

過去には全国各地の放送局で、放送の仕組みや制作体験をしてもらう「NHK放送体験クラブ」などを実施してきたのですが、メディア・リテラシー教室としては初めてです。
個人的には、このプロジェクトを進めるにあたり、子どもたちが、この時代を生き抜くための力をつける一助となりたいと願っています。
メディアリテラシーを身につけてもらうことで、子どもたちがよりよい人生を選択できるようになってほしい。
そして極端に偏った情報やフェイクニュースのせいで、社会の分断が進んでいかないことを願い、努力していきたいと思います。

――今後は、どういう展開を考えていますか。

学校の通信環境に左右されず、どんな学校でもご応募いただけることを重要視していきます。オンラインのよさも残しつつ、コロナ後には、出前授業のようなリアルな形もできないかと考えています。
公共メディアNHKは、子どもたち一人ひとりのものでもあり、子どもたちは公共メディアの未来を一緒に作っていく仲間でもあります。もっと使っていただいて、多様なメディアがあることを知ったうえで、厳しい批判もいただきたいと思います。
「つながる!NHKメディア・リテラシー教室」は、まだ生まれたばかりの小さな取り組みですが、全国の子どもたちとの出会いの一歩であると考えています。