第1回スマートニュース・メディア価値観全国調査(SMPP調査)の「見取り図」の<下>では、同調査の分析結果をまとめた書籍についての書評や引用を中心にみていきたいと思います。(<上>はこちらから)。最後に、来月(2025年1月)に迫った第2回調査と初回との違いについても触れます。
山脇岳志
スマートニュース メディア研究所 所長
兵庫県出身。京都大学法学部卒。朝日新聞社で、経済部記者、論説委員、GLOBE編集長、編集委員などを務めた。アメリカには2回赴任(ワシントン特派員、アメリカ総局長)、欧州には、オックスフォード大学客員研究員、ベルリン自由大学上席研究員として滞在した。2020年、スマートニュース メディア研究所の研究主幹に就任、2022年から所長。著書に「SNS時代のメディアリテラシー」(筑摩書房)など。編著・共著は「現代アメリカ政治とメディア」(東洋経済新報社)、「アメリカ政治の地殻変動 分極化の行方」(東大出版会)など多数。
第1回SMPP調査の分析をまとめた書籍が、「日本の分断はどこにあるのか」(勁草書房)というタイトルで発行されたのは、2024年10月中旬でした。<上>でお伝えしたように、調査データに基づき学会発表やメディア向けシンポジウムを行ったのは2024年夏から秋なので、それから1年を要したことになります。
時間がかかったのは、主として以下の3つの理由からです。
①研究会メンバーが、学会発表の場やメディア向けシンポジウムで出された意見・質問なども踏まえて、それぞれの分野についてさらに分析を深め、執筆にあたった
②メディア接触の部分はデータをわかりやすくまとめた章があったほうがよいと判断、スマートニュースメディア研究所フェローの藤村厚夫氏に書き下ろしを依頼した
③編者の3人(池田謙一、前田幸男、山脇岳志)がすべての原稿を見て筆者にコメントし、全体像を概観する「序章」や、調査の経緯について記した「まえがき」「あとがき」をつけた
その結果出来上がった書籍は、序章を除き8章構成、283ページとなりました。
池田謙一・同志社大学教授が中心となり、日本における分断認識を探るために、5つの分断軸(イデオロギー、政治との距離、道徳的価値観、リーダーシップのスタイル、社会や政治の将来像)が設定され、本の章立ても、1部では日米比較やメディア接触部分の分析、2部では5つの分断軸に沿って整理されています。
本の出版後、書評や分析記事、識者コラムなどへの引用が相次ぎ、発売1ヶ月あまりで重版も決まりました。全く偶然ではありますが、本の出版の直後の時期に、日本の衆議院選挙、アメリカの大統領選、SNSでの情報拡散が投票行動に大きな影響を与えたとされる兵庫県知事選が行われたことも、引用の増加に関係していると思います。以下、いくつかご紹介していきます。
発売まもなく、書評が掲載されたのは、朝日新聞朝刊読書面(11月7日)でした。
評者の藤田結子・東京大学准教授(社会学)は、日米の選挙を題材に、「選挙との対話」(編著・荻上チキ)と本書の2冊を取り上げています。本書についての紹介では、「移民受け入れ」について「アメリカの民主党支持者と共和党支持者の態度には極端な差がみられる。一方で、日本のリベラル層と保守層の差はそこまで大きくない」ことや、日米のマスメディアの信頼度の違いについて触れています。
「『選挙との対話』/『日本の分断はどこにあるのか』書評 『ともに語らう』出発点のために」 (2024.11.9、朝日新聞/ 好書好日)
「週刊読書人」(12月20日号)の識者による年末回顧でも取り上げられました。吉田徹・同志社大学教授(比較政治学)は、政治学分野の書籍を回顧する中で本書に触れ、「日本人は価値に固執せず、それゆえ不安感だけを募らせている実情が理解できる。いわば全員が『無理ゲー』をやらされている構造が浮かび上がる」との解釈を記しています。
メディア研究所は、石澤靖治・学習院女子大教授(政治学・メディア論)に、研究所ウェブサイト向けに書評を依頼しました。本の全体像がわかりやすく示され、「ブックガイド」的な内容になっています。石澤氏によれば、本書の読みどころは「しばしば読者の想像とは異なった結果が出ているように分析結果に意外性があることや、いい意味でのすっきり感がないことである」。日本の分断は、アメリカのようにわかりやすい形をしているわけではありません。調査を運営する立場としても「すっきり感がない」というのはその通りだと納得したものでした。
「『日本の分断を読むための教科書』~『日本の分断はどこにあるのか』・書評」(2024.10.21 スマートニュース メディア研究所)
識者が、書籍を引用しつつ、コラムや論文で分析を加えることも増えています。
佐藤卓己・上智大学教授(比較メディア史)は、共同通信配信コラム(東奥日報11月2日朝刊などに掲載)の中で、以下のように本書について触れています。「日本政治における分極化がイデオロギー的なものよりも、首相のリーダーシップに起因することを明らかにしている。敵対党派への敵意を高める感情的分極化が危険なのは、それが政治家に説明責任を軽視させ、フェイクニュースの温床となるからである。この点、米国と異なり日本では新聞やテレビにあまり接しない層でもマスメディアへの信頼度は比較的高く、その信頼度で支持政党別の違いは小さい」。「相手を敵と判断すれば、妥協の余地はなくなる」として、国会で丁々発止の議論が展開されることや、「あいまいさに耐える文化」が広まることに「一縷の望みを抱いている」と結んでいます。
警鐘をならす識者もいます。11月5日付け毎日新聞朝刊のコラム「メディアの風景」では、評論家の武田徹・専修大学教授(メディア社会学)が、書籍の内容を詳細に示した上で、分析を加えています。武田氏が特に注目したのは、「政治的なことにできればかかわりたくない」という「政治非関与層」が全体の45%に及び、その層が、「治安向上になればプライバシーや権利の制約に賛成する傾向がうかがえる」ことでした。この分析結果を踏まえ、武田氏は「権威主義体制と親和的な政治非関与層の増加が、専制な政治体制の成立を許す懸念が日本社会にはある」と懸念を表明。「政治への関与の有無を分断とみて、非関与層を民主主義に包摂する戦略を本格的に立て直す必要性に、今や私たちは迫られているのではないか」と呼びかけています。
「『政治非関与層』の棄権 民主主義、守る戦略が急務=武田徹」(2024.11.5、毎日新聞/メディアの風景)
中央公論12月号は、河野有理・法政大学教授(政治学・日本政治思想史)が「中道政治は復活するか」と題する論考を掲載。低成長にあえぐ日本において、安定した民主主義が「最悪の事態を回避するためには驚異的な力を発揮している」という見方を紹介しつつ、「これでめでたしめでたし、とはいかない」としています。
本書で示されている「統治の不安」が、他国に比べて突出して高いことから、「必要以上に自分たちの社会に悲観的になり、不安に苛まれている可能性が高い」。
また「日本がアメリカのように二極化されていないことは、日本のなかに分断が存在しないことを必ずしも意味しない。労使間、ジェンダー間、異なる道徳観のあいだで、実際には様々な断層が存在するにもかかわらず、それが党派的なかたちに編成されていないことが日本社会の特徴なのである」と分析。「政治のほうに水路づけされていない分断が社会のなかにわだかまっている状態は、アメリカやヨーロッパとは違う思わぬかたちで民主政の後退につながりかねない」としています。
武田氏と違う視点からではありますが、日本において民主主義が後退することへの懸念という意味では共通しています。
また、11月に行われた兵庫県知事選で、選挙結果にSNSでの情報拡散が影響したという見方が広がり、人々がニュースや情報をどのように得るかについての関心が高まってきました。このため、メディア接触について分析している本書への関心が強まった面もあるようです。
読売新聞は12月4日の解説面で、こうした点を中心に、大型の解説記事を掲載。研究会メンバーの大森翔子氏が、世論調査の回答者を、主に新聞・テレビを利用する「伝統メディア中心型」、SNSの利用度が高く新聞・テレビへの接触が極めて少ない「SNS中心型」、SNSやニュースサイトに重きを置きつつ新聞・テレビも利用する「ネットメディア中心型」など6つにグループ分けして分析したことを紹介。「SNS中心型」のグループは、政治に関する知識が平均を下回ったことや、ニュースを避けながらも「関心のあるニュースはいずれにせよ届くので見落とす心配はない」と過信する傾向があることを示し、大森氏から「今後もSNS中心型のメディア利用とニュース回避傾向が相互に強めあえば、政治に関する情報の共有や、その結果としての政治参加が停滞する恐れがある」とのコメントを引き出しています。
さらに、今回の調査から、「SNS中心型」は、情報の選別を友人に委ねる傾向が、他のグループ以上に強いことがわかったことに着目、「SNS中心型」の人が、同じ意見ばかり見聞きすることで自らの考え方が強化される「エコーチェンバー」に陥る危険性も示唆しています。
「SNS偏重、情報入手に過信 友人の『いいね』で選別…メディア利用と政治意識調査」(2024.12.4 読売新聞)
ほかにも、マスメディアや学術誌などにさまざまな関連記事や論考、研究会メンバーのインタビュー記事などが掲載されました。
なお、この調査データは、将来、学術研究のために広く活用いただきたいと考え、研究会メンバーで情報を独占することなく、来年春をメドに、東京大学社会科学研究所に寄託することにしています。寄託するためのデータ整理は、共同座長である前田幸男・東大教授にご担当いただいています。
東大のほうでデータの提供を開始するための準備もしばらくかかると思いますが、いずれアカデミアの方ならだれでもSMPP調査のデータを使った分析ができることになります。設問数が71、選択肢(アイテム数)は300以上にものぼります。私たちがこれまで分析できたのは一部に過ぎません。膨大なデータがまだ未活用のままです。
政治学、社会学、心理学、メディア論、メディア出身の研究者の方々など多くの方が、独自にクロス集計・分析されることで、今後も興味深い知見が得られ、私たち国民もその成果を知ることになるだろうと予想しています。
最後に、この原稿執筆時点(2024年12月末)で来月に迫っている第2回調査について、少し触れさせていただきます。
SMPP調査を10年計画(2年ごとに5回にわたり実施)としているのは、ピュー・リサーチセンターの実績が示しているように、こうした調査は継続してこそ世論やメディア接触の変化が見えてくるということがあります。そのため、第2回調査でも、第1回調査の設問と同じ設問が相当数あります。
他方、メディアに関連する設問を大幅に増やし、より詳細にメディア接触に関する人々の価値観について調査分析します。たとえば、第1回調査で若い層でニュースを回避する人の割合が多いことがわかりましたが、次回は回避する理由なども詳しく尋ねることにしました。政治的な価値観については、ピュー・リサーチセンターが継続的にたずねている設問の一部を、SMPP調査にも取り入れることにし、直接的な日米比較がしやすくなります。
日本リサーチセンターのトラストパネル(全国7万人登録)から、地域・性別・年代による層化抽出を行い、約4500人の方に、郵送でアンケート(調査票)をお送りする形式は、前回2023年調査と同じです。ただ、今回は、そうした新規調査対象の方々とは別に、前回ご回答いただいた方々(調査対象年齢である、79歳までの方)に対して、再度、アンケートをお送りします。そのことで、この2年間における価値観などの変化のより厳密な分析が期待できると思います。
調査対象者の方が、この記事を目にされることもあるかもしれません。設問数も多く恐縮ですが、どうかご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
2回にわたって、2023年のSMPP調査がどう受け止められたかを概観しました。
年の瀬にあたり、多くの方々に調査にご協力をいただき、また多くの方に調査結果をご活用いただいていることに対して、改めて心からの感謝を申し上げたいと思います。
SMPP調査の見取り図<上>はこちら