「戦争とテック企業 ロシアによるウクライナ全面侵攻とテック企業の対応」川口 貴久

2023.02.14
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「中立(neutral)ではない。我々はウクライナを支持し、全ての資源と能力をロシアと戦うウクライナに用いる」。
ロシアによるウクライナ全面侵攻(2022年2月24日)直後、Twitterでこのように宣言したのは、世界的な脅威インテリジェンス企業レコーデッド・フューチャー社の最高経営責任者クリストファー・アールバーグ(Christopher Ahlberg)だ。投稿の背景には、侵攻直後というタイミング、サイバー空間で中国やロシアの「高度で持続的脅威(APT)」を追いかけてきた業界・個社事情、あるいは彼の母国スウェーデンがおかれた国際政治環境・対ロシア脅威認識など、様々な要因があるだろう。
レコーデッド・フューチャーのように明らかなウクライナ支援・ロシア対抗を宣言しないまでも、サイバー領域や認知領域において実質的・積極的にウクライナ防衛に貢献する民間企業は少なくない。他方、インターネットの設計思想がそうであるように、主権国家の枠組みにとらわれず、ウクライナとロシアのいずれの立場にも立たず、中立性を維持しようとするテック企業や団体があることも事実だ。
いずれの立場であれ、テック企業の行動がサイバー領域や認知領域での戦争の帰趨に決定的な影響を与えている。本稿はウクライナでの戦争に対するテック企業の対応を紹介した上で、国際政治学の文脈で解釈・考察してみたい。

川口 貴久
東京海上ディーアール株式会社 主席研究員
1985年福岡県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、横浜市立大学国際文化学部国際関係学科卒業。この他、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)客員所員等を併任。

サイバー・認知領域におけるウクライナ防衛への貢献

多くの米欧系テック企業が、サイバー・認知領域でウクライナの防衛を支える。全面侵攻以前から、Microsoftやスロバキアのウイルス対策企業ESETといったテック企業はセキュリティ関連サービスや製品でロシアからウクライナへのサイバー攻撃を検知・対処し、また収集した大量のデータや脅威情報を分析し、ウクライナのサイバー防衛に貢献する。ウクライナのナショナルCERT(Computer Emergency Response Team)と連携して、ロシアによるウクライナの電力インフラへの破壊的攻撃を未然に防ぐ場面もあった。

またウクライナ国会は全面侵攻直前にデータ保護法を改正し、キーウ市内のオンプレミスの政府データを国外でバックアップした。ロシアの攻撃によって自動車保険関連等の一部の政府データは破壊されたが、バックアップにより比較的早く復旧できたという。ウクライナ国外でのクラウド化を支援したのはMicrosoftやAmazon Web Services(AWS)だ。

侵攻直後、ウクライナ政府の支援要請を受けたSpaceX社は低軌道衛星コンステレーション・サービス「スターリンク」を提供し、破壊されたウクライナの通信インフラを代替した。これによって、ウクライナは防衛に不可欠な指揮命令やウクライナ国内外のコミュニケーションを維持した。

加えて、ソーシャルメディアが果たした役割は小さくない。「ソーシャルメディア」とは、ユーザ生成コンテンツ(User Generated Contents: UGC)の生成・受発信・交換を可能にするデジタルプラットフォーム(digital platform: DPF)やその提供事業者を指す[1]。Facebook、YouTube、Twitter、Instagram、TikTok等が典型だ。LINEやTelegramはもともとメッセージング・アプリであるが、オープンチャットやパブリックチャネルでUGCを生成・伝達できるという点でソーシャルメディアと呼べる。

3月2日、欧州連合(EU)はロシア政府系メディア「RT」および「スプートニク」とそれらの関連会社の衛星放送、オンラインプラットフォーム、アプリ等のEU域内での活動を禁止するという前例のない決定を下した。加えて、ベラ・ヨウロバー(Vera Jourova)欧州委員会副委員長(価値観・透明性担当)は、DPF各社に対して、外国の影響力行使に関する執行強化を要請した。ヨウロバーは「ロシア政府が情報を武器にしている」との認識の下、DPF各社に「ロシアの在外公館アカウントや政府機関アカウントの広範なネットワークがロシア政府に属することに鑑みて利用規約を厳しく適用し、法律やサービス規約に反するコンテンツに直ちに対処」するように求めた

Twitter、Meta、Google等のDPF各社は、EUの政府規制や執行強化要請に基づく対応に加え、事業者としての自主対応を講じた。ロシア政府系メディアであることのラベリング、こうしたメディアの収益化の制限、レコメンドシステムのアルゴリズム変更といった措置である(図表1)。他方、Telegramは元々メッセージング・アプリ、特にユーザ間の通信の安全性を最重視してきた経緯もあってか、最低限の法令対応にとどまっている。

図表1:ソーシャルメディアおよびメッセージング・アプリの対応状況(2022年3月15日時点)

「ロシア政府系メディア」の正確な原語は“Russian state-affiliated and state-sponsored media”。図表中の日付は対応を講じた日を指す。ただし上記では詳細や留意事項を割愛しているため、詳しくは出典元を参照。
出典:“Russia, Ukraine, and Social Media and Messaging Apps: Questions and Answers on Platform Accountability and Human Rights Responsibilities,” Human Rights Watch, March 16, 2022より筆者作成。

 

こうしたテック企業のロシア対応を後押ししたのはウクライナ政府だ。ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領やミハイロ・フェドロフ(Mykhailo Fedorov)副首相兼デジタル転換相自ら、外資テック企業にロシアからの撤退、ロシア向けサービスの停止を求めてきたという。イェール大学の外資企業のロシア事業調査(n=1,387社)によれば、「情報技術」「コミュニケーションサービス」業界は他業界と比べ、ロシアから「撤退」「事業中断」の割合が高い(図表2)。もちろん、現地の投資財産や雇用の多寡、米欧の経済制裁の影響度、事業・サービス再開の容易性等が背景にあるだろうが、ウクライナ政府の要請の効果もあったと推察される。

図表2: イェール大学の外資企業のロシアビジネス調査(n=1,387社)

出典:Yale CELI List of Companies, Last Updated: October 17, 2022より筆者作成。

インターネットへのアクセスをめぐる対立

コンテンツやネットワーク上のサービスの階層では、ウクライナ支援・ロシア対抗ともいえる動きがある一方で、インターネットそのものや基盤に近い階層では、異なる動きがあった。

フェドロフ副首相は2月28日、インターネット上の「住所」であるドメイン管理の運用について責任を負う国際非営利組織ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)や欧州地域におけるIPアドレス管理等を担うRIPE NCCに対し、ロシアのインターネット接続の遮断等を要請した。具体的には、ICANN向けにはロシアのトップレベル・ドメインである「.ru」等の無効化やその他対応を訴えた。

これに対するICANN(3月2日)およびRIPE NCC(3月10日)の回答は予想通り「ゼロ回答」だった。ICANNは技術的理由に加えて、「インターネットの稼働が政治化されないこと」を保証しているものであり、「国際的に合意されたポリシーによって、貴殿の要求のようにこれら(特定)ドメインを無効化するような一方的行動をとることはできない」とした。ただし、オランダを拠点とするRIPE NCCは、EUのロシア経済制裁に準じて、ロシア向けの新規IPアドレス割当を凍結した。

他方、フェドロフ副首相の要請に同調するテック企業もあった。インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)の世界的大手であるコージェント・コミュニケーションズ(Cogent Communications)社が3月4日、同じくルーメン・テクノロジー(Lumen Technologies)社が3月8日、ロシアへのインターネット接続を停止すると発表した。

2社の動きをふまえて、Access Now、Electronic Frontier Foundation (EFF)、Freedom House、Human Rights Watch、Internet Society、Wikimedia Foundation、World Wide Web Foundation等の58の団体と個人は3月10日、各国政府や事業者がロシアとベラルーシにおけるインターネット接続を妨害しないことを求め、バイデン(Joe Biden)米大統領に公開書簡を送付した。ロシアによる偽情報に対抗するためのインターネット接続遮断は、同時にロシア市民が情報にアクセスする自由・権利まで奪う、という。バイデン政権は元々、権威主義国家を含めた諸外国におけるインターネットアクセスを保証する外交政策を展開しており、この点と公開書簡の内容は整合的である[2]

ICANNとAccess Nowらの主張には、若干異なる立場が混在している。一つは、「テクノロジーは価値中立」「いかなる国・人も排除しない」との立場であり、もう一つは「インターネットへのアクセスは基本的人権」であり、ロシアのような権威主義的国家でこそ重要であるから、アクセスを維持すべきという積極的立場である。実際、Access Nowはロシア市民がロシア通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)による検閲・情報統制を回避し、インターネットにアクセスするための情報・ツールを発信している。

後者の立場は、インターネットへのアクセスを普遍的な価値として重視している。国境を越えた普遍的価値を持つ例は医薬品である。前述のイェール大の調査では、ヘルスケア業界は他業界に比べて、ロシア事業から「徹退」「事業中断」の割合は小さい(図表2)。それは医薬品がロシア市民の生命・健康にとって不可欠だからだ(ただし、必須医薬品ではない製品の供給を中断したり、マーケティングや新規の治験を停止する企業もある)。インターネットへのアクセスを必須医薬品と同程度と考えるのであれば、接続サービスを停止するという判断には至らず、むしろ積極的に維持すべきと考えるのは自然なことだろう。

テック企業の対応をどのように捉えるか

社会に大きな影響をもたらすテック企業の行動をどのように理解すべきか。政治リスクコンサルティング会社「ユーラシア・グループ(Eurasia Group)」のイアン・ブレマー(Ian Bremmer)は、ビックテック企業の世界観や政治姿勢を3つのモデルを用いて説明する。政府の優先課題と協調することで政府調達に食い込み、莫大な収益をあげる「ナショナリズム」(例:Microsoft、Amazon等)、国家の規制が困難な市場でビジネスを最大化する「グローバリズム」(例:Apple、Google、Meta等)、技術が人類社会に革新的変化をもたらすと考えるテクノロジー志向の経営者が率いる「テクノユートピアニズム」(例:Tesla等)である。もちろん、これら3つは理念型(複雑な現実を理解・説明するための純粋なモデル)であり、実際には一つの企業内に複数の理念型が混在するし、状況よって強調されるモデルは異なる[3]

しかし、ウクライナでの戦争への対応という観点のみでいえば、こうした枠組みでの理解は難しいかもしれない。「テクノユートピアニズム」の象徴たるイーロン・マスク(Elon Musk)は2022年10月、独自のウクライナ-ロシア「和平案」(控えめに言って、ロシアの現状変更を追認する私案)を提示し、経済合理性を理由にウクライナへのスターリンク提供を再考するとした[4]。「グローバリズム」の代表たる企業の中には、極端なウクライナ支援・ロシア対抗を選択することもあった。Meta社は全面侵攻直後、ウクライナ市民らの心情を考慮し、利用約款では禁止されたロシア関連の誹謗中傷(例えば、「プーチン氏に死を」等)さえ、一時的に許可する方針を明らかにした。

テック企業の戦争への対応という点では、国連平和活動における「中立性(neutrality)」原則と「不偏性(impartiality)」原則をめぐる議論が参考になるだろう。これは、内戦等の異なる政治主体が対立する中、第三者である国連平和活動はどのように対応すべきかという原則の議論である。

東京外国語大学の篠田英朗によれば、「中立性」とは、異なる紛争当事者に対して同じ距離・中間の立場にあること、紛争当事者を平等に扱うことが期待される。「不偏性」とは、逸脱してはならない規範的枠組みを遵守すること、法原則とマンデートに忠実になることを指す。そして「中立性」と「不偏性」は対立することさえある。例えば、文民保護をマンデートとする任務で、民間人を虐殺する勢力(紛争当事者)を目の当たりにした場合、「不偏性」は任務と原則に照らして必要最低限度の介入を行う。「中立性」を重視する立場からは、こうした介入は偏っていると解釈されることもある。

ウクライナでの戦争と国連平和活動は全く異なるものであり、ましてテック企業に権威ある機関からの授権(authorization)はない。そのため、国連平和活動における「中立性」「不偏性」の議論をテック企業の行動規範にそのまま適用するのは適切ではないだろう。

それでも敢えて当てはめるなら、ロシア国内のインターネットアクセス等を維持しようとするテック企業・団体の考え方は「中立性」、国際法に明白に違反するロシアの侵略に対抗すべしとの規範を重視し、積極的にウクライナ防衛やロシアからの撤退に踏み切るテック企業の考え方は「不偏性」と親和的である。もちろん、国連平和活動では「中立性」から「不偏性」への転換が決定的となったが、テック分野でそのような流れが支配的であるとはいえない。

おわりに: テック企業に何が期待されるのか

本稿ではISP、衛星通信サービス、クラウドサービス、セキュリティ、ソーシャルメディアといった幅広いテック企業がウクライナ侵攻にどのように対応したのかの一端を紹介した。徹底的なウクライナ支援とロシア対抗を明言するテック企業から、インターネットの本来の設計思想に基づき中立を維持するテック企業がみられた。概していえば、セキュリティやソーシャルメディア等のコンテンツに近い階層では前者、インターネットの基盤に近い階層では後者を重視しているように見受けられる。こうしたテック企業の対応は、本業への貢献度に加えて、ロシアの侵略に対するウクライナの防衛に貢献しているのか、ウクライナやロシア市民の自由に不可欠かどうかといった価値判断に基づくものだろう。

いずれの対応も、テック企業個社の経営判断の結果である。テック企業の動向がウクライナでの戦争の帰趨やウクライナ・ロシア市民の政治・社会的自由に影響を与えるが故、テック企業はその意思決定に大きな責任を負う。個々の対応や判断の是非はあるだろうが、少なくとも出資者、製品やサービスのユーザ、幅広い市民やステークホルダーに対する高いアカウンタビリティが必要だ。

ただし、ウクライナでの戦争に関するテック企業各社の対応原則、特に本稿でいう「不偏性」に基づく原則は、現在進行形および将来の他の戦争・紛争でも適用されるかは疑わしい。ウクライナでの戦争は、ロシアによる侵略行為に議論の余地がないという意味で特殊なケースかもしれないからだ。戦争・紛争に対する評価が定まらない状況下では、テック企業はより複雑で、ジレンマを伴う意思決定を迫られるだろう。また仮に台湾有事のように中国が紛争当事者となった場合、中国に市場、サプライチェーンを依存するテック企業はどう対応するだろうか。中国が関与する紛争では、現在のウクライナでの戦争ほど、テック企業は特定国・地域を支援できないとの見方もある。遠くない将来、日本のテック企業が戦争に対する姿勢・社会的責任を問われる日が来るかもしれない。

 


本稿執筆にあたっては、スマートニュース メディア研究所「デジタルプラットフォームの社会的役割を考える研究会」参加者および専門家の小宮山功一郎氏、本多倫彬氏から貴重なコメントを頂いた。
本稿のテーマである「戦争とテック企業」については本来、幅広い論点があるが、本稿で扱うのはごく一部、ロシアのウクライナ全面侵攻に関するウクライナ支援・ロシア対抗と米欧のテック企業の対応である。これ以外には、ロシア国内における連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(通称ロスコムナゾール)を中心とする検閲・規制とテック企業の関わり合いも重要な論点であろう。また、戦時におけるテック企業の行動が、どのように「スプリンターネット」を加速させるのか、あるいは世界大のインターネットを維持するのか、というのも重要な論点である。「スプリンターネット」とは、インターネット空間が主権国家や勢力圏ごとに分割される状態やプロセスを指し、これはウクライナでの戦争といった有事のみならず、平時から進行している現象である。

[1] 詳細な定義を省くが、「テック企業」⊃「DPF」⊃「ソーシャルメディア」という集合関係となる。「テック企業」とは、情報通信技術をもとに、サービス、ソフトウェア、インフラを提供する事業者を幅広く指す。「デジタルプラットフォーム」とは、異なるステークホルダーに何か(ビジネス等)を行う「場」を提供する事業者であり、 特に(間接)ネットワーク効果、デジタル情報の蓄積に特徴づけられる。
[2] 正確にいえば、この政策を最初に体系的かつ明示的に推進したのは、オバマ(Barack Obama)政権下のヒラリー・クリントン(Hillary R. Clinton)国務長官である。特に有名な2010年1月21日の演説は、インターネットの自由を迫害しているとみられる、アラビア語、中国語、フランス語、ペルシア語、ロシア語、スペイン語、ウルドゥ語でも発信された。
[3] テック企業の具体例に関するブレマーの説明は著作により若干異なる。また本文では割愛したが、ブレマーは中国のテック企業の世界観も同様のモデルで整理している。 Ian Bremmer, “The Technopolar Moment: How Digital Powers Will Reshape the Global Order,” Foreign Affairs, Vol.100, No.6, 2021, pp.112-128; イアン・ブレマー『危機の地政学:感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』(日本経済新聞出版、2022年)、315-328頁。
[4] 米国防総省に支援や負担を求める交渉もあってか、本稿執筆時点でマスク氏はウクライナでのサービス継続の意向を示している。詳細は、川口貴久「ウクライナ戦争で見えた「スターリンク」の凄さとリスク」Wedge ONLINE(2022年10月19日)。