メディアリテラシー教育の世界的潮流(後篇)〜森本洋介

2021.02.04
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後篇では、ユネスコのメディア情報リテラシー理念や実態を検討し、今後のメディアリテラシー教育について展望する。

森本 洋介
弘前大学教育学部准教授。
1980年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専攻は比較教育学、教育課程論。著書に『メディアリテラシー教育における「批判的」な思考力の育成』(東信堂) など。

「メディアリテラシー教育の世界的潮流」前篇はこちら

ユネスコのメディア情報リテラシー教育(MIL)

ユネスコは「情報リテラシーでは情報へのアクセスと評価、倫理的な利用が強調されます。その一方でメディアリテラシーではメディアの機能を理解し、それらの機能がどのように発揮されているのかを評価し、自己表現のために理性的にメディアと関わるという能力が強調されます」(Wilson, C., Grizzle, A., Tuazon, R., Akyempong, K. and Cheung, C-K. Media and Information Literacy Curriculum for Teachers. the United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization. Paris: France. 2011. p. 18 www.unesco.org/webworld)と、情報リテラシーとメディアリテラシーの区別を明確につけている。

また、全体的に世界人権宣言第19条「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む」という思想表現の自由、意見表明権、市民としてのエンパワーという側面を強調していることに特徴がある。またユネスコの定義の特徴は、多様なリテラシーを包括する概念としてメディア情報リテラシーを捉えていることにある。

下図に示されているが、メディアリテラシーや情報リテラシーも含め、テレビリテラシーやインターネットリテラシーといった「○○リテラシー」はすべてメディア情報リテラシーに含まれるのである。このように国際的な宣言を取り入れたメディアリテラシー教育に対する考え方は各国や地域にはほとんど見られない。ユネスコのメディアリテラシー教育に対する取り組みは1982年のグリュンバルト宣言から本格的に動き出している。


図 ユネスコのMIL概念

ユネスコは、1982年の「マスメディアの利用と公教育に関する国際会議」において、「メディア教育への挑戦」を掲げた「グリュンバルト宣言」を採択した(村上、2008)。

この宣言を契機として、ユネスコは今日まで30年にわたり、「すべての人びとが人生において個人的、社会的、職業的、教育的目標を効果的に達成するために情報を探し、評価し、使用し、創りだす力」(Wilson, Grizzle, Tuazon, Akyempong and Cheung, 2011, p. 16)であるメディアリテラシー教育を推進してきた。情報技術の進展により、2002年のセビリア会議から「メディア情報リテラシー(Media and Information Literacy:以下MILと略す)」という名称が使われ始めたということである(村上、2008)。名称は変わったが、教育の基本理念は変わっていないと考えられる。

この間、ユネスコは一貫してメディアリテラシー教育の普及に取り組んできたものの、依然として日本を含む多くの国や地域では、公教育の必修領域としてメディアリテラシー教育が位置づけられていない。ユネスコがMILカリキュラムを作成したのは、長年にわたる取り組みがなかなか認識されないもどかしさの現れであるとも受け取ることができるだろう。

2007年、パリ・アジェンダを採択

ユネスコはMILカリキュラムの公式発表以前の2007年6月22日に、パリで「メディア教育者の国際会議(L’EDUCATION AUX MEDIA)」を開催した。この会議において、メディアリテラシー教育の世界的な課題を、大きく4つ挙げ、さらにそれぞれの課題に関わる課題項目を、全部で12の提言として採択した(Bevort, Frau-Meigs, Jacquinot-Delaunay and Souyri, 2008)。それらの提言(パリ・アジェンダ)は以下の通りである。

(A)すべての教育段階における総合的なメディア教育プログラムの構築

  • (a)メディアリテラシー教育の包括的な定義の採択
  • (b)メディアリテラシー教育と文化の多様性、人権の結びつきを強めること
  • (c)基本的なスキルと評価システムの構築

(B)社会における他のステークホルダー(利害関係者)を交えた教員養成と教員の意識化

  • (d)初期の教員養成においてメディアリテラシー教育を含めること
  • (e)適切で可能な教育方法を考えること
  • (f)すべてのステークホルダーを教育システムに組み込むこと
  • (g)社会におけるメディアリテラシー教育以外のステークホルダーも動員すること
  • (h)生涯学習の枠組みにメディアリテラシー教育を位置付けること

(C)研究とそれを知らせるネットワークの構築

  • (i)高等教育におけるメディアリテラシー教育実践と研究を進めること
  • (j)意見交換のネットワークを構築すること

(D)活動段階における国際的な協調体制

  • (i)高等教育におけるメディアリテラシー教育実践と研究を進めること
  • (j)意見交換のネットワークを構築すること

このパリ・アジェンダを実現させるための第一歩として、メディア情報リテラシーをまず各国の教師に獲得してほしいとの願いで作成されたのが『教師のためのメディア・情報リテラシーカリキュラム』(以下「MILカリキュラム」)である。MILカリキュラムは2008年から作成に向けてのプロジェクトが始まり、主に発展途上国における試験運用段階を経て、2011年に公開され、日本語にも翻訳された。

MILカリキュラムは2部構成であり、第1部は、MILカリキュラムの概念的な枠組みについての説明が主な内容となっている。第2部は、第1部で定義したMILカリキュラムの枠組みを教えるための具体的な内容がモジュールを単位として紹介されている。

MILカリキュラム全体を通じて強調されているのは、世界人権宣言第19条である。世界人権宣言第19条には、「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む」と記載されている。

ユネスコは、MILを習得することにより、市民が基本的な人権の恩恵を十分に享受することができると考えている。特に世界人権宣言第19条に記載されているような、表現の自由や知る権利などの権利を実現できると考えているのである。

もう1点、MILカリキュラム全体を通じて強調されているのは、「メディアと多様な情報提供者」という表現である。多様な情報提供者とは、「例えば図書館、博物館、アーカイブ、インターネットでの市民からの情報提供、その他の情報提供、利用者自身が作成するコンテンツによる情報提供」(Wilson, Grizzle, Tuazon, Akyempong and Cheung, 2011, p. 60)を指しており、「メディア」はいわゆるマスメディア(主流メディア)を指している。すなわちMILカリキュラムは今日的なメディア状況を反映し、大手企業等のマスメディアが流す情報だけでなく、インターネットやフリーペーパーなどで一般市民が流す情報についても視座に入れている。

また、図書館やアーカイブもメディアとして考えている。その根拠として「図書館やアーカイブやインターネットといったメディアやその他からの情報提供は、市民が詳細な情報を得たうえでの判断を行うのに役立つ不可欠な道具であると、広く認識されている。(中略)メディアと情報の経路は、生涯学習に多大な影響を及ぼしうる」(Wilson, Grizzle, Tuazon, Akyempong and Cheung, 2011, p. 16)ことを挙げており、MILの教育に、学校と社会とをつなげる役割も期待していると考えられる。

MILカリキュラムが最終的に目指しているのは、「MILを通じて習得された能力は、批判的思考を備えた市民を生み出し、市民がメディアやその他からの情報提供を高い質で要求することにつながる」(Wilson, Grizzle, Tuazon, Akyempong and Cheung, 2011, p. 16)と説明されているように、今日のメディア状況に即した民主主義社会を実現できる教師を育成することにあると考えられる。

民主主義とメディアリテラシー教育

メディアリテラシーの概念は多義的であり、国によっても異なり、国際的に共通の定義は醸成しにくい状況にある。しかしながら、ユネスコが主張しているように、メディアリテラシーがそもそも民主主義と関わる概念であることは、メディアリテラシーに対してどのような理解をするにせよ、共通して含むべき理念なのではないだろうか。

先述したMILの教師用カリキュラムにおいても、実践編である第2部の最初のパートが「シティズンシップ、表現と情報の自由、情報へのアクセス、民主的な対話、生涯学習」となっている。民主主義は完璧な政治体制ではないことが、アメリカでのトランプ政権誕生以降、各国で議論されてきたことである。しかしながら、国家の主体であり主権者である市民の一人ひとりが、氾濫する多様な情報をクリティカルに読み解き、政治的判断をくだすことで、健全な民主主義社会が成り立つ、という理念のもとに、メディアリテラシーが必要とされているのである。

日本でも、市民社会からのメディアリテラシーの動きとして、上述したメディアリテラシー概念が1980年代以降、一定程度広まったことを前編で紹介した。実は、文部科学省の主権者教育推進会議第13回において、主権者教育におけるメディアリテラシー教育の必要性が会議のメンバーから出されている[i]

これは2022年度から全面的に実施される高校の新学習指導要領において必修になる「公共」[ii]という教科において、主権者教育が必須となっていることに関連している。同様に諸外国でも、デジタル社会の民主主義におけるシティズンシップの重要性と、その素養としてのメディアリテラシーの獲得というデジタル・シティズンシップ教育への関心が高まっている。

2020年12月13日には、諸外国(とりわけアメリカ)において、メディアリテラシー教育がデジタル・シティズンシップの形成に果たす役割や期待される成果、事例や研究について考えていくセミナーを、グローバル教育・ICT教育を推進するネットワークとして2003年に設立されたNPO法人JEARNが主催、アジア太平洋地域でユネスコのメディア情報リテラシー(MIL)教育の運動と設立の普及を推進するNGOであるAMILECと、日本教育工学会の分科会であるSIG(Special Interest Group)の08「メディアリテラシー、メディア教育」が共催して実施された。

このセミナーにおいて、デジタル・シティズンシップはICT教育や教育工学から発生した概念であり、学習者の知的創造を阻害することなくオンラインおよびICT環境において安全かつ効果的で責任をもった行動ができるような市民の育成が目指されていること[iii]、一方でメディアリテラシー教育がそもそもシティズンシップの育成も視野に入れており、近年の教育のデジタル化によって両者が接近していることが報告された[iv]

これらの背景にあるのは、主にアメリカにおける2016年の大統領選におけるフェイクニュースの影響や、2017年4月にワシントン州で成立したデジタル・シティズンシップ法の成立ということである。このセミナーの内容からも、メディアリテラシーは多義的な概念であるにせよ、シティズンシップや民主主義の育成を抜きには語ることができないことがわかる。

実のところ筆者は、2014年の夏に上記のAMILECのメンバーと、ユネスコ本部のMIL担当者とともに、文部科学省にMILの日本への導入について直談判を行ったことがある。しかしながらその際に面会がかなったのは国際協力関係の部局であり、初等中等教育局や高等教育局ではなかった。つまり文部科学省からすれば、ユネスコの関係者が来訪するため、国際協力に関する内容であると判断したと推測される。このとき、ユネスコ本部のMIL担当者も「MILのことを説明するとどの国でもあまり理解されないため、ESD(持続可能な開発のための教育)[v]の一環だと説明するようにしている。しかし本当はそうではなくMILという用語で通用するようになってほしい」と漏らしていた。

2020年末を迎え、「対立と分断」の社会が到来したり、独裁的な政権が各国で選挙によって誕生したり、COVID-19の感染拡大のなかでこれら社会の問題点がより鮮明に浮き彫りになったりと、6年前の状況とはかなりの違いがある。だからこそ、むしろユネスコの提唱するMILのようなメディアリテラシー教育が必要とされるのであるが、オンタリオ州の歴史のように、民主主義の強化やシティズンシップの育成を謳うメディアリテラシー教育が政治家からは遠ざけられることがある。

これもまたオンタリオ州の歴史が教えてくれることであるが、トップダウンでメディアリテラシー教育を普及させても教育現場には浸透しづらい。市民の側から草の根的にメディアリテラシー教育を求める声がいかに出てくるか、もしくはその声を増幅させたり発生させたりできるアクターが出てくるかが、各国におけるメディアリテラシー教育の行く末を決めるのではないだろうか。


[i] https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/142/shiryo/1421971_00005.htm 2020年12月31日確認
[ii] 2016年から実施された18歳選挙権と関連して、これまでの必修科目であった「現代社会」に、主権者教育を追加してリニューアルした科目。単に政治の仕組みについて必要な知識を習得させるのみならず、国家・社会の形成者である主権者として社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一員として主体的に担う力を発達段階に応じて、身に付けさせる教育を文部科学省はこの科目における主権者教育であるとしている。
[iii] 今度珠美「デジタル・シティズンシップの基本と実践」JEARN第1回研究ワークショップ(共催:日本教育工学会SIG-08 & AMILEC)デジタル・シティズンシップ:メディアリテラシーとの関係から学ぶ、2020年12月13日
[iv] 坂本旬「メディアリテラシーとデジタル・シティズンシップの関係」JEARN第1回研究ワークショップ(共催:日本教育工学会SIG-08 & AMILEC)デジタル・シティズンシップ:メディアリテラシーとの関係から学ぶ、2020年12月13日
[v] 当時はまだSDGsが誕生していなかった。

参考・引用文献
・Bevort, E., Frau-Meigs, D., Jacquinot-Delaunay, G. and Souyri, C. (2008). Why Media Education? The Grunwalt Anniversary. In Carlsson, Ulla., Tayie, Samy., Jacquinot-Delaunay, G. and Tornero, Jose Manuel P. (eds.). Empowerment through Media Education: an Intercultural Dialogue. Sweden: The international clearinghouse on children, youth and media. 37-63.
・Jacquinot-Delaunay, G., Carlsson, U., Tayie, S. and Tornero, Jose Manuel P. (2008). Empowerment through media education. An intercultural approach. In Carlsson, Ulla., Tayie, Samy., Jacquinot-Delaunay, G. and Tornero, Jose Manuel P. (eds.). Empowerment through Media Education: an Intercultural Dialogue. Sweden: The international clearinghouse on children, youth and media. 19-33.
・村上郷子(2008)「メディア・リテラシーの概念とその歴史的変遷」メディア・リテラシー教育研究委員会編『メディア・リテラシー教育研究委員会報告書』国民教育文化総合研究所、51-73頁
・Wilson, C., Grizzle, A., Tuazon, R., Akyempong, K. and Cheung, C-K. (2011). Media and Information Literacy Curriculum for Teachers. the United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization. Paris: France. http://www.unesco.org/new/en/communication-and-information/resources/publications-and-communication-materials/publications/full-list/media-and-information-literacy-curriculum-for-teachers/ 2013年11月21日確認