遠藤晶久
早稲田大学社会科学総合学術院教授
1978年生まれ。早稲田大学政治学研究科博士後期課程退学。博士(政治学)。専門は政治学、投票行動論、世論研究。主著に「イデオロギーと日本政治」(共著、新泉社)、「無党派層の研究」(共編、有斐閣)などがある。
現代日本のSNS上での議論を眺めていれば、「保守」と「リベラル」のような政治的立場の対立は非常に激しいものであるように見えるだろう。何らかの政策をめぐって激しく議論が交わされている一方で、その対立の根本には、どのような政策内容かだけでなく、誰がその政策を推進しているかがあるようにも思われる。リベラルな(あるいは、保守的な)立場の人物の発言に対する、対峙する側からの批判は条件反射のように映ることもある。
保守やリベラルのようなイデオロギーといえば、「国家のあり方についての首尾一貫した考え」のように捉えられることが多い。一本筋の通った考え方に照らし合わせて、物事を精査したうえで、人々は政治を理解し、行動するということがそこでは想定されている。しかし、実際には、有権者が強固なイデオロギー的思考をしていないことを実証的な政治学は繰り返し明らかにしてきた。有権者の政治的な知識は私たちが想定するほど多くはなく、また、それらの知識を密につなぎあわせて情報を精査しているわけではない。
だからといって、イデオロギーに何の役割もないわけではない。実証的な政治学では、イデオロギーには情報ショートカットの機能があると考えてきた。有権者は政治的な情報に精通していなくても、自分が保守やリベラルであるという自覚さえあれば、イデオロギー的立場を手がかりに自らにとって最適な判断にたどり着く可能性が高いと考えられる。つまり、自分のことを保守的な政治的立場だと考えている人は、細かな政策的な情報を精査したり知識を蓄えたりしなくても、保守の政治家(や政党)が主張していることをそのまま自分にとって正しいだろうと受け入れる。情報処理のコストを低減しつつ、(おそらく)自分にとって最適な意見を採用できるということである。
その意味で、イデオロギーは「首尾一貫した考え」である以上に、政治家や政党にとって支持を動員するための道具として機能する。そのため、保守、リベラル陣営ともに支持拡大のために自らの政策を訴えるだけでなく、「保守/リベラルはいつも☓☓で信用できない」のようにお互いにレッテル貼りをして対立する。したがって、SNS上での激しい対立は、イデオロギーが政治的対立でいまだに中心にあり、政党や政治家、支持者たちがその機能を活用しようとしている姿としても考えられる。
このようなイデオロギー対立は、SNS上にかぎらず広く見られるもので、日本社会の対立の基底にあるものといえるのだろうか。これまでの研究では、有権者の間の政策意見を分析することで、その政策意見の対立と有権者の自認するイデオロギー立場が一貫しているのかを分析することが多かった。つまり、個々人の心のなかにある態度の一貫性を測り、それをイデオロギーとして探求してきたと言える。
他方で、ここで検討するのは、有権者自身が日本社会にイデオロギー対立があると認識しているかである。そこで、本稿では2025年に実施されたスマートニュース・メディア価値観全国調査(SMPP2025)の調査結果を見てみよう。SMPP2025では日本における社会対立についての有権者の認識を問うている。
具体的には、「世の中にはさまざまな対立があるという人がいます。日本では次のような対立があるとあなたは思いますか」として、「現役世代と高齢者の対立」「都市居住者と地方居住者の対立」「男性と女性の対立」「経営者と労働者(勤労者)の対立」「豊かな人と貧しい人の対立」「政治的に保守的な人とリベラルな人の対立」の6つについて尋ねている。6つの対立はそれぞれ世代対立、都市地方対立、ジェンダー対立、労使対立、貧富対立、イデオロギー対立とここでは呼ぶ。回答選択肢は「強い対立がある」「やや対立がある」「あまり対立はない」「対立はない」「わからない」であり、6つの対立についてそれぞれ回答する形式である。
イデオロギー対立について見ていくと、6つの対立のうち、「強い対立」があると答えた割合が18.8%で最も高い対立である(図1)。貧富対立も18.3%でほぼ同じであるが、回答者の2割弱はイデオロギー対立が激しいという印象を持っていることが明らかになった。ただし、「強い対立」と「やや対立」を合わせた場合は、6つの対立のうち、3番目に広く認識されている対立と順位が下がる。他方、労使対立は「強い対立」が13.1%とイデオロギー対立よりも激しい対立を認識している人は少ないが、他方で「やや対立」まで含めれば、対立を認識している人が最も多い社会対立といえる。

図1 社会対立の認識
もう1点、イデオロギー対立で特徴的なのは、「わからない」という回答の多さである。その割合は13.5%で、6つの対立のうち最も高い。イデオロギー対立については、「保守」や「リベラル」という言葉に馴染みのない人たちが一定程度いることは近年の研究でも指摘されているが、そのためもあって、「わからない」と答える人が多いのだろう。イデオロギー対立は、「わからない」という回答が多い一方で、「強い対立」という回答も多く、イデオロギー対立の認識をめぐって二極化が進んでいることが示唆される。
他方、労使対立については「わからない」という回答も少なく5.0%に過ぎない。労使対立はその対立の存在が広く知られている一方で、その対立の度合が強いと考えている人はそれほど多くない。労使の対立(と協調)は様々なレベルで制度化されており、人々の目にはつきやすいが、労働組合の組織率低下が始まって久しく、強い対立として認識している人も多くはなくなってきているということが示唆される。
なお、世代対立とジェンダー対立はイデオロギー対立よりも広くは認知されておらず、「強い対立」と「やや対立」を合わせても50%台後半であり、都市地方対立に至っては50%を下回る。とりわけ、注意が必要なのは、世代対立についてで、世代対立は2023年に実施されたSMPP2023の分析結果では他の対立よりも広く認識されていることが示されていたが、この変化が、この2年間の政治的、経済的状況の変化によるものか、それとも質問フォーマットの関係なのかは明らかではなく断定できない。
SMPP2025では、上述の質問に続けて「ではその中で、あなたがとくに当事者として意識している対立はどれですか」と尋ねている。この質問は、様々な社会対立を認識しているかだけでなく、社会対立が複数存在しているときにどの対立の当事者として自分を認識しているかを明らかにするためのものである。この質問については、上記の6つの対立を選択肢として、その中の1つを選ぶ形式とした。なお、いずれにも当事者意識がないことを想定して、選択肢には「あてはまるものはない」を追加した。
全体の分布を見ると、最も多くの回答者に選択されたのは「あてはまるものはない」である(図2)。24.2%と、実に四分の一の回答者はいずれの社会対立についても当事者意識がない。しかし、このことは裏を返せば、残りの四分の三は何らかの社会対立について当事者意識を有していることを意味する。

図2 対立当事者意識
それではイデオロギー対立の「当事者」は多いのだろうか。多くの人に「強い対立」があると思われていたにもかかわらず、イデオロギー対立の当事者の割合は、6つの社会対立のうち、4番目であり、10.2%に過ぎない。有権者の多くはメディアを通じてイデオロギーをめぐる深刻な対立を認知しつつも、自分自身について考えてみれば、その当事者としてイデオロギー対立の渦中にいるとは考えていない。
6つの対立のうち、最も回答が多かったのは労使対立である(19.9%)。その多くは「労働者」として自分自身を位置づけていることが容易に想像できる。貧富対立も3番目の16.1%と続き、2つをまとめて「経済対立」とすれば、実に回答者の三分の一以上は経済的な対立の当事者だと考えていることを意味する。
さらに注目に値するのは世代対立である。世代対立の当事者として自らを位置づける人の割合は17.3%であり、労使対立に肉薄する。社会における対立の認識がそれほど広まっていないにもかかわらず、対立当事者意識がある人が多いという事実は、当事者意識を有している人たちが特定のグループに固まっていることを示唆する。当然ながら、イデオロギー対立についても特定の属性での偏在が考えられる。世代対立を手がかりに考えるなら、年齢との関係を検討するのが自然な戦略だと思われる。
図3は年齢層ごとに当事者意識の分布を描いたものである。棒グラフの一番上は「あてはまらない」と回答した割合であるが、50歳代以上でそのような回答をした人は3割近く、18〜29歳でも24.6%と多い。他方で、30歳代で19.6%、40歳代は16.9%に過ぎない。つまり、40歳代では83.1%もの人々が何らかの社会対立に自らを重ね合わせるようになるのである。

個別の対立に着目すると、イデオロギー対立と世代対立では対照的なパターンを示しているのがわかる。イデオロギー対立では年齢が高くなるほど当事者意識を持つ人が増える。18〜29歳の間では4.7%に過ぎないのが、70歳代では18.1%を占め、実に3.5倍近く増える。その反対に、世代対立では70歳代で14.7%であるのに対して、18〜29歳では23.1%まで上昇する。さらに、18〜29歳や30歳代で最も多く選ばれている対立は、労使対立を上回って世代対立である。他方、70歳代以上の高齢者ではイデオロギー対立が1位タイであった(もうひとつの1位タイは貧富対立)。
40歳代から60歳代では、労使対立が当事者意識を持つ人が最も多い対立であるので、若年層は世代対立、中年層は労使対立、高齢層はイデオロギー対立のようにそれぞれの年齢で異なる社会対立が中心となっていると整理できる。このような整理は、ライフステージによって人々が直面する問題が変化していることに対応していることを示唆する。若年層では社会保障負担への不安や制度の持続可能性への疑念が世代対立意識を生み、中年層は仕事や経済不安を労働の問題として抱えて労使対立への当事者意識を持つ。高齢層は、労働を通じた経済的な不安はそれほど多くなく、経済的な対立は後景に退くことで相対的にイデオロギー対立が浮かび上がる。
つまり、激しく見えるイデオロギー対立は、多くの人にも認識されているものの、その当事者意識を有している人は少なく、いたとしても高齢層に偏っている。中年以下の多くの人々は他の対立の当事者として、イデオロギー対立を眺めているのである。
最後に、対立当事者意識が政党支持と結びついているかを確認しよう。表1は対立当事者意識を有しているグループごとに支持している政党の割合を計算したものである。たとえば、世代対立に当事者意識を持つ回答者のうち18.1%が自民党を支持しており、7.1%が立憲民主党を支持している、ということを意味する。ここでは自由民主党、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、公明党、支持なし(無党派層)の6つを掲載しており、その他の政党や「わからない」という回答については省略をした。そのため、数字を横に足しても100%とはならない。なお、網掛けはそのカテゴリー内での割合が多い1位と2位を表している。

まず、いずれのカテゴリーでも自民党支持が1位であるが、相対的にみればイデオロギー対立や貧富対立で自民党支持者の割合が高く、ジェンダー対立、都市地方対立、世代対立ではその割合は低い。また、割合の変動が大きいのは国民民主党で4.1%〜13.6%の幅がある。
調査実施時期の状況では、自民党と野党第一党の立憲民主党がライバルとして考えられていた。しかし、興味深いのは、対立当事者意識ごとに主要な二党の組み合わせが異なることである。世代対立当事者意識を持つ人の間では、自民党の支持が相対的に低く、それに対抗するのは立憲民主党ではなく国民民主党であった。このグループの国民民主党の支持率は13.6%で他のグループと比べても非常に高い。これは世代対立当事者意識を持つ人が若年層に多く、さらに、現役世代の利益追求を謳う国民民主党に若年支持者が多いため、合点がいく結果だろう。注意すべきは、当事者意識が支持政党に影響を与えるのか、支持政党があることで(政党のメッセージにあわせるように)当事者意識が芽生えたのかはこのデータからは検証ができないことである。
イデオロギー対立でも同様に、自民党と国民民主党が1位と2位を占めている。保守とリベラルの対立であれば、自民党と立憲民主党の対立になると予測されるが、実際にはそのようにはなっていない。ただし、立憲民主党の支持率は他の当事者意識グループと比べると相対的に高い。さらに特徴的なのは、このグループでは自民党の支持率が高いことと、無党派層の割合が比較的低いことである。
他方で、立憲民主党の存在感がなくなったわけではない。支持率の変動はそれほど大きくないが、労使対立、貧富対立、当事者意識なしの3グループで第二政党となっているし、その中でも前二者の間ではかなり大きなグループでもある。労使対立や貧富対立のような伝統的な対立であれば、立憲民主党もその対立を掬い上げるような振る舞いができるかもしれないが、世代対立やジェンダー対立のような新しい対立に食い込めていない実体が明らかになった。
激しいイデオロギー対立はSNS上で私たちが観察しているものであるが、他方で、一般の人々の間に広く浸透した対立とまではいえない。イデオロギー対立に当事者意識を有している人は全体の1割程度に過ぎず、その多くは高齢層に偏っている。中年層や若年層にとっては、ライフステージに連動した「世代対立」や「労使対立」のほうがより切実な問題として認識されている可能性が高い。さらに、政党支持についての分析からは、このような対立当事者意識は既存の対立ではなく、世代対立のような新しい対立の出現によって、既存の日本の政党政治に変動をもたらしている。
私たちは日本の政治の変動をみるときに、政党の動きや、近年ではSNSの議論に着目するが、その背後には、このような社会対立に関する認識や当事者意識の変化がある可能性がある。SNSでの議論に目を奪われても、世論の全体像はわからない。どのような対立があり、どの対立に当事者意識を持つのか、社会対立に関する認識に関する研究は従来多くはなく、その測定についても課題があるが、今後も探求するべきテーマであるだろう。