「分断の両側に『真実』を届けられるか~米国が直面するジレンマ(前編)」大島隆

2023.03.23
img

分断が深まる社会において、メディアは真実を追求し、広く伝える役割をどう果たすのか――。米ペンシルベニア州を拠点に米国の政治・社会の分断を取材した筆者が目にしたのは、既存のメディアに不信を募らせ、「もう一つの情報空間」に身を置く人々の姿だった。社会の分断とメディアの役割について、米国の現場から現状と課題を報告する。

大島隆
朝日新聞国際発信部次長
1972年生まれ。朝日新聞政治部記者、テレビ東京ニューヨーク支局記者、朝日新聞ワシントン特派員などを経て、現在は英語ニュースサイト「The Asahi Shimbun Asia & Japan Watch」のデスクを務める。この間ハーバード大学ニーマン・フェロー、同大ケネディ行政大学院修了。著書に「アメリカは尖閣を守るか 激変する日米中のパワーバランス」(朝日新聞出版)、「芝園団地に住んでいます 住民の半分が外国人になったとき何が起きるか」(明石書店)。新著に「『断絶』のアメリカ、その境界線に住む ペンシルベニア州ヨークからの報告」(朝日新聞出版)

 

「二つの交わらない世界」の人々

2016年の米大統領選挙を契機に、米国では「もう一つの世界」という言葉が使われるようになった。たとえば、共和党の政治家で元下院議長のニュート・ギングリッジ氏は当時、こんな発言をした。

「今後の二週間は、二つの異なる世界(two parallel universes)の争いだ」。これは投開票日2週間前の2016年10月25日、ギングリッチ氏がFOXニュースの番組で語った言葉だ。この番組の司会者は、トランプ支持色が強かったFOXニュースの中で例外的に、ドナルド・トランプ氏に厳しい立場だったメーガン・ケリー氏だった。

ケリー氏は、勝敗の鍵を握るとみられていた激戦州ペンシルベニア州を挙げ、「ペンシルベニア州のあらゆる世論調査では、クリントン氏がリードしています」と指摘した。これに対して、ギングリッチ氏は重ねて言った。「だから私がたった今言ったでしょう。いま、二つの世界(two alternative universes)が存在するんですよ」

ギングリッジ氏がここで言わんとしたのは、「交わらない世界の一方に住んでいるあなた方は、もう一つの世界で何が起きているかを知らない」ということだ。そして結果は、ギングリッジ氏の言葉が正しかったことを証明した。ペンシルベニア州を含め、トランプ氏は劣勢が伝えられた重要州を制して大統領選挙で勝利を収めた。

筆者はトランプ氏が再選を目指した大統領選挙があった2020年から2022年にかけて、激戦州であるペンシルベニア州を拠点に米国の政治と社会の分断を取材した。その結果は拙著「『断絶』のアメリカ、その境界線に住む」にまとめたが、本稿では特に、分断された社会の中で、人々がどのように情報に接しているのか、そしてメディアはどのようにニュースを伝えようとしているのかについて、現場の視点から考察したい。

筆者が拠点としたのは、ペンシルベニア州南部のヨーク市という小都市と、その周辺地域だ。人口およそ4万5000人のヨーク市は民主党支持者が多く、ヨーク市周辺の郊外地域、さらに農村地帯となっていくにつれて共和党支持者が多くなる。人口約46万人のヨーク郡全体としては、ヨーク市を除くほとんどの地域は、共和党支持者の方が多い。都市部は民主党、地方は共和党というのは全国的に共通する傾向で、保守とリベラルの二極化は、そのまま都市と地方の分断にも重なっている。

取材・生活の拠点とするため、ヨーク市内のタウンハウス(長屋のように両隣の家とつながった集合住宅)の一室を借りた。建物のオーナーはヨーク市ではなく近郊の町に住む女性で、熱烈なトランプ支持者だった。初めて対面したときにジャーナリストだと自己紹介をすると、女性は「ジャーナリストとは話したくないという人も多いから、苦労するかもしれないね。みなメディアを信用していないから」と言った。この「メディアは信用しない」という言葉は、トランプ支持者と話していると決まり文句と言っていいほど頻繁に耳にした。単に「メディア」というときもあれば、「メインストリーム・メディア(主流メディア)」と言うときもある。

メディアに対する米国民の信頼度の低下は、トランプ氏が登場する前から徐々に進行していた現象であり、トランプ氏の登場が引き起こしたものではない。ただ、トランプ氏は在任中、「フェイクニュース・メディア」「Enemy of the People(人々の敵)」と呼び続けることで、メディアは単に信用できないだけでなく、「私たちの敵」という構図をつくり、自らの支持者の間に定着させた。

トランプ氏の集会では、この「フェイクニュース」批判が毎回定番となっている。トランプ氏が演説の途中で、「ほら、あそこにフェイクニュース・メディアがいるぞ」と、柵で囲まれた会場内の記者席を指さす。すると、聴衆が一斉にこちらに向かって「フェイクニュース」と連呼するのが、お決まりの流れだ。

メディアへの信頼は現在、深刻な水準まで落ち込んでいる。ギャラップ社の世論調査では、マスメディアを「信頼している」と答えた人は、1998年には55%だったのに対して、2015年の段階で40%にまで低下していた。2022年には34%に低下し、「信頼していない」が38%と逆転現象が起きた。

このメディアへの信頼度は近年、強い党派性を伴うようになっている。1998年の時点では、マスメディアを信頼していると答えた人の割合は、民主党支持者で59%、共和党支持者で52%だった。それが2022年の調査では、民主党支持者は70%が「信頼している」と答えたのに対して、共和党支持者は14%と大きな差がついている(無党派層の「信頼」は27%)。

変わる情報の入手先

では、メディアに不信を募らせる人々、中でも筆者が接してきた地方のトランプ支持者や「草の根保守」とされる人々は、どのようにしてニュースを入手しているのだろうか。

まず、全体的にリベラル寄りとされる主要メディアの中でも、保守系のFOXニュースは強い支持を得ている。ピュー・リサーチセンターの調査でも、共和党支持層のFOXニュースへの信頼度は突出して高く、次いで保守系のトークラジオ番組が続く。

ただ、一部のトランプ支持者は、2020年の大統領選挙を契機にそのFOXニュースからも離れていった。FOXニュースがアリゾナ州でのバイデン氏勝利をいち早く報じたことや、後にトランプ氏の選挙不正主張と距離を置いたことに、トランプ氏本人や一部支持者が反発した結果だ。選挙後は、トランプ氏の支持者が集まる集会で「FOXニュースはもう見ない」という声を何度も聞いた。同じケーブルニュースチャンネルの中でこうした人々の受け皿となったのが、新興のNewsmaxやOAN(One America News)だった(ただし2022年以降は、主要な衛星放送やケーブルテレビがOANとの契約を終了するなど、影響力の低下が指摘されている)。

そして、既存メディアに不信を募らせる人々が最も多く向かった先がネットメディアであることは言うまでもない。米国では既存メディアのデジタルシフトも日本よりはるかに進んでいるが、左右問わず新興のネットメディアも数多く登場している。

筆者はトランプ氏の集会や、「草の根保守」グループの会合などで「メディアは信用しない」という言葉を聞くたびに、「ではどこでニュースを仕入れているのか」と聞いてみた。筆者が聞いた範囲では、特定のサイトだけを見るというよりも、フェイスブックなどのSNSを通じて様々な媒体のニュースに接している、という人が多かった。米国では若年層のフェイスブック利用者は減っているが、中高年層の利用者は今も多い。こうした人々はSNSを通じて、FOXニュースやニューヨークポストといった既存メディアのネットニュースに加え、Breitbart、Daily Wire、Epoch Timesといった様々な新興メディアのニュースに接している。

SNSについても、一部の人々は次々と登場した新興のSNSに移っていった。

Meta(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグCEOは米議会での証言やメディアの取材に対して、フェイスブックを含めたインターネット・プラットフォームは「真実の裁定者(arbiter of truth)になるべきではない」と繰り返してきた。

ただ、少なくとも新型コロナ対策と選挙不正に関して言えば、フェイスブックは相当強力な措置を取っていたというのが筆者の実感だ。フェイスブックに対しては偽情報対策が不十分だという批判がつきまとったが、筆者が継続的に取材をしていたペンシルベニア州の「草の根保守」グループの人々の間では、逆の意味で非常に評判が悪かった。選挙や新型コロナに関する投稿が削除されたり、アカウントを凍結されたりした人たちが多くいたからだ。

こうした人々の一部が移った先が、Parler、Telegram、Gab、Rumble、そしてトランプ氏が自ら立ち上げたTruth SocialなどのSNSだ。

とはいえ、こうした新興SNSの利用者は主要SNSに比べればはるかに少なく、影響力もまだ限られている。今後の利用者数や影響力は、ツイッターに続きフェイスブックやインスタグラムのアカウント復活が決まったトランプ氏がTruth Socialにとどまるか、大統領選挙への影響力を見据えて主要SNSに回帰するかも大きく影響しそうだ。

陰謀論に引き寄せられる人々

この状況の中で特に考えさせられたのが、既存メディアに不信感を持つ人々を取り囲む情報空間の中で行き交う「ニュース」の性質だ。

2020年から2021年にかけて、米国社会の分断をさらに広げた要因は大きく二つあった。一つは大統領選挙とその後のトランプ氏による選挙不正主張。もう一つは飲食店などの営業規制やマスク、ワクチン接種といった新型コロナウイルス対策をめぐる対立だった。選挙で大規模な不正があったという主張や、新型コロナウイルスに関する科学的根拠のない情報は、主要メディアや大手SNSでは排除された。一方で、選挙不正主張や新型コロナウイルスをめぐる陰謀論を信じる人々の一部は、主要メディアや大手SNSとは別の情報空間に移り、陰謀論が飛び交う閉鎖的な情報空間の中で、さらに過激化していった。

具体例を一つ示してみる。2021年12月、アリゾナ州フェニックスで、選挙不正を訴える人々の集会を取材したときのことだ。100人余りが参加したこの集会で、筆者は1月6日の議会襲撃事件についてどう思うかも参加者に聞いて回った。すると、何人もの参加者が「事件を扇動したのは、レイ・エプスというFBI(連邦捜査局)の工作員だった」と同じ話を口にした。どこでその情報を聞いたのかと聞くと、名前が挙がったのが「リボルバー・ニュース」というサイトだった。このサイトは一般には知られておらず、筆者もこのとき初めて名前を聞いた。

のちにわかったのは、このサイトが、一部のトランプ支持者の間で信じられている、議会襲撃事件はFBIの工作員が扇動して意図的に引き起こしたという「FBI陰謀論」の発信源の一つであるということだった。FOXニュースの人気司会者タッカー・カールソン氏がこのサイトに言及していたほか、トランプ氏自身も、このサイトを賞賛していた。

議会襲撃事件のそもそもの原因であるトランプ氏の選挙不正主張については、トランプ政権時代の司法当局も含め、各種の裁判や調査で繰り返し否定されている。だが米モンマス大の世論調査では、昨年9月時点の調査でも回答者の3割、共和党支持者の6割が、「バイデン氏は不正に選ばれた」と回答している。これはほかの世論調査でもおおむね同じ傾向だ。

実際に不正主張を信じる人々に話を聞いてみると、そこには濃淡があることがわかる。「投票機器を操作した大規模な不正集計があった」という「筋金入り」の不正論者もいれば、「トランプが勝ったかはわからないが、何らかの不正はあったと思う」という程度の人もいる。また、新型コロナ対策を理由に大幅に拡大された郵便投票や期日前投票を、「民主党に有利な選挙にするためだった」と考えて「不正」と見なす人もいる。

こうした不正主張を訴える集会やウェブサイトでは、一見もっともらしい数字や情報が洪水のように示される。最初はささいな疑問であっても、ネット空間でこうした情報を浴びるうちに不正主張に傾く人が出ることは、容易に想像ができた。

主要なニュースメディアやSNSに背を向けた人々と、そこから排除された情報が、全く別の情報空間の中で結びつき、文字通りの「もう一つの世界」を作り上げていくさまは、新型コロナウイルスをめぐっても目の当たりにした。

新型コロナウイルス対策への反対は、当初は飲食店などの営業制限や集会規制に反発するものだったが、やがて「新型コロナウイルスは意図的に広められた」といった陰謀論が急速に浸透していった。

筆者と同じタウンハウスに住んでいた同居人の一人も、そうした陰謀論を信じる一人だった。男性はQアノンの熱心な信奉者で、当時起きていた様々な出来事の「真実」について語り、関連するYouTubeの動画を観るよう筆者に勧めた。ワクチン陰謀論を支持する男性は「バイデンもプーチンもワクチンを接種していない」と言ってワクチンを接種しようとせず、バイデン大統領がワクチンを接種されている映像をテレビで見たと指摘しても、「そんなものはフェイク動画だ」と一蹴された。

こうした陰謀論を信じる人に出会う機会はワシントンではまずないが、地方に身を置くと、想像以上に多くの人々に浸透していることを実感した。既存メディアに不信を抱く人が、その代替となる情報源を探しているうちに、ネットで「もう一つの真実」に出会う――。そのような構図が浮かびあがる。

 

「分断の両側に『真実』を届けられるか~米国が直面するジレンマ(後編)はこちら