「リスク情報の拡散メカニズムを社会心理学で読み解く」三浦麻子

2021.01.22
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三浦麻子
大阪大学大学院人間科学研究科教授
1969年京都市生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退。博士(人間科学)。神戸学院大学、関西学院大学を経て現職。専門は社会心理学、特に対人・情報コミュニケーション。

日常生活のデータサイエンス

社会心理学は日常生活のデータサイエンスである。
社会心理学とはどのような学問かを説明するとき、「人間はZoon politikon(ポリス的動物)」であるというアリストテレスの名言がよく引かれる。自分の周囲を取り巻く状況に影響を受けやすい社会的な動物である。そうであるがゆえに日常生活で経験する、あるいは見聞きする人間行動やその背景にある心理は、ほとんど気紛れにさえ見える事象である。

しかし社会心理学では、それは完全なる気紛れによるものではなく、何らかの(当然、1つではない)要因が寄与する確率的事象と考える。つまり「なぜそんなことが起こるのか」という疑問に対して、先行する理論の(批判的なものも含む)検討や、また当該事象に対する詳細な探索を通して、そこに存在するメカニズムに関する仮説を立て、データを取って統計的に解析することでそれを実証することで答を出すことを試みる。

例えば、立つ鳥跡を濁したトランプ大統領は、大方の事前予測(これもデータにもとづくものであったことがますます学問的な興味を増すのだが)では民主党のクリントン候補が有利とされていた2016年11月のアメリカ大統領選挙でそれを覆して当選した。なぜこんなことになったのか、とアメリカ国民のみならず世界中があっけにとられたが、なぜも何もそれは有権者による投票という意思決定の所産であり、たとえありえないくらい稀な事象と見なされたとしても、それが人間心理の集積であることは間違いがなく、またおそらくそこには何らかの社会的要因が介在していたことだろう。

こうした「なぜこんなことに」は日常生活に遍在している。それらの中にある「人間行動やその背景にある心理に対する社会的影響」のメカニズムを見出ださんとして、データを携えてそれを追究するのが、社会心理学という学問の面白さであり、醍醐味である。

心理学という、科学になりたいのになりきれずに懊悩している領域にあることから、社会心理学研究は実験室実験や質問紙調査など科学の「常道」とされる手法を用いてなされることが多い。しかし筆者は、なるべく直接的に社会生活における人間行動に関わるリアルワールドデータ[1]を用いる研究を積極的に実践してきた。常道に則らない方法でメカニズムを抽出する作業には開拓的な面白さがあり、筆者はそれに強く惹きつけられているのだが、こうした研究は同時に日常生活のありのままに近い、社会で息づく声を聴く行為であるとも言える。こうしたデータから見いだした知見は、荒削りではあっても生き生きとした意味をもっている。

SNSをリアルワールドデータとして利用する

社会心理学に限らず人間を対象とするあらゆる学問領域において、リアルワールドデータによる開拓的研究の発展に大いに寄与したのは、インターネット技術でありその普及である。

インターネット上には、SNSへの投稿や検索キーワード、あるいはスマートニュースへのアクセスログなど、リアルワールドデータに該当するデータが莫大に集積されている。つまり、統制された環境での実験における反応やお仕着せのアンケート調査への回答は研究実施者が意図的に作り出すデータである一方、インターネットには研究対象者が無意識的に作り出すデータが豊富に存在するのである。

ここでは、SNSをリアルワールドデータとして利用したごく初期の研究のうち、ツイッターを対象としたもの[2]を紹介しよう。

この研究では、全世界でつぶやかれた数百万件のツイートログを対象として、文中から不安、怒りなどのネガティブ感情と、楽しさ、うれしさなどのポジティブ感情に関わる語を抽出して、その出現頻度が分析されている。そして、感情語の出現頻度の日内変動には一定の周期性が見られること、それらは人間の感情リズムに関する実験室実験による先行研究で示された知見と概ね一致していたことが示されている。

具体的な結果は図1に示すとおりである。曜日や季節、利用者の居住国などにより若干の差異はあるものの、ネガティブ感情には早朝にもっとも低く日中に徐々に上昇し夜にピークに達する、ポジティブ感情には早朝と深夜近くの2回のピークをもつ、それぞれ周期性が存在することが示されている。そして、ネガティブ感情に見られる周期性は、日常活動による疲労に伴い漸増していく怒りや不安が睡眠によって「リフレッシュ」されるために生じると解釈されている。

リスクのタイプとネットワーク特性に注目

こうしたリアルワールドデータは、緊急事態に関する社会心理学研究にも大いに貢献する。その事例として、筆者らが重ねてきた、東日本大震災を契機として、SNSにおけるリスク情報の拡散メカニズムを解明することを意図した研究[3]を紹介する。

多くの読者が肌身で実感しただろうが、大きな災害が発生するたびに、SNSでは様々なリスク情報が大量に飛び交い、それに対する賛否両論が渦巻く。SNSは従来のクチコミより圧倒的に拡散力が強いので、悪意にもとづいて発信される虚偽情報(デマ)に翻弄される人を増やしてしまうのは避けるべき事態だろう。実際のところは「デマばかりが溢れている」わけではないが、結果的に間違いだと判明するような不確実な情報が少なくないのは事実でである。特にリスク情報は、その真偽が個人や社会に大きく影響する。

われわれは、SNSでのリスク情報の拡散メカニズムは、これまでに提案されてきた情報伝播に関する理論モデルを単純に当てはめるのでは解明できないと考えた。例えば、情報の拡散量は重要さと曖昧さによって決まるとする「うわさの公式」[4]は、1対1のやりとりの検討が多く、SNSのような不特定多数の人が集う空間における情報拡散を十分には説明できない。情報伝播過程を感染症の伝染になぞらえるSIRモデルも、拡散を担う利用者がもつ周囲の人々とのつながりの影響をまったく考慮していない。

そこでわれわれは、こうした問題を解決し、SNS上ではどのようなリスク情報が拡散されやすく、どのような人が拡散させやすいかを解明するために、ツイッターを対象として、リスクのタイプ(リスク情報がどのような特性をもつか)と利用者個人のネットワーク特性(SNS上でのつながりの豊かさ)に注目して、実際に投稿されたツイートの拡散過程に関わるデータを収集、分析した。具体的に分析対象としたのは、(1)疾病・自然災害・放射能災害に関するリスク情報が含まれた、(2)50回以上リツイートされた、の2条件に当てはまる10個のツイートである。

リスクのタイプは、人間が何らかの「リスク」をどう捉えるかという認知モデルの枠組みとしてよく用いられる「恐ろしさ」と「未知性」の2要因モデル[5]にもとづいて分類した。Web調査会社に委託して、日常的にツイッターを利用している一般成人500名に分析対象とするツイートを呈示して、そこで言及されているリスクをどう考えるかを評価させた(図2)。東日本大震災が引き起こした原発事故関連の災害は、恐ろしさも未知性も非常に高いと考えられていることがわかる。

分析対象とした各ツイートの拡散過程を図3のような手続きで精査した。投稿者(AUTHOR)からスタートしてその投稿者をフォローしている利用者をたどり、そのツイートをリツイートしたかどうかによって利用者を「拡散者」(RTer)か「非拡散者」(non-RTer)に区別した。拡散者については2段階、つまりリツイートをリツイートした人までたどった。最終的に分析対象とした利用者は合計約3000名であった。

分析対象とした利用者のネットワーク特性として、フォロー/フォロワー関係にもとづいて2側面を同定した。1つは中心性で、フォロー数とフォロワー数の合計を指標とした。もう1つは相互性で、お互いにフォローし合っている利用者の割合(相互フォロー率)を指標とした。

こうして「SNS上ではどのようなリスク情報が拡散されやすく、どのような人が拡散させやすいか」を同時に解明することを試みたわけである。拡散者と非拡散者のネットワーク特性がどのように異なるかを、ツイートに含まれるリスクのタイプを考慮して分析したところ、次の2つの知見が見いだされた。まず、ネットワークの中心性と相互性がともに低い利用者の方がリスク情報を拡散させやすいことがわかった。そして、相互フォロー率の高い人は「恐ろしさ」が強く感じられるリスク情報を拡散させやすいことがわかった。

これらのことから、SNSでのリスク情報拡散メカニズムには、(1)SNS上のつながりから孤立気味の利用者が、様々なリスク情報を拡散することで情報交換の活性化を意図したもの、(2)SNS上に強固なつながりをもつ利用者が、自分が感じた恐ろしさを伝達することを意図したもの、という2つの系統があることが示された。

これらの結果は、SNSによるリスク情報の拡散メカニズムは、従来の情報拡散に関するモデルでは説明できず、利用者のネットワーク特性によって異なる可能性を示唆している。恐ろしさの強いリスク情報が、相互フォロー率の高い「ハブ」的な利用者によって拡散されていたことを考えれば、「ハブ」的な利用者には、拡散するかどうかを判断する際に真実性の検証をより厳格にすることが求められる。またこのことは、警察や自治体など一次情報を有する情報源が積極的にリスク情報を発信し、それを「ハブ」が拡散することで、より多くの真実情報を拡散できる可能性をも示唆している。

感染禍を読み解く新たな研究に向けて

こんなことは滅多に起こるまい、今しかない、と考えて着手したリスク拡散メカニズムに関する研究だったが、今また私たちは新型コロナウイルス感染禍という緊急事態にある。このたびの事態は世界的であり、また短期的かつ長期的にわれわれの生命、そして社会全体を脅かすものである。実際、筆者らが2020年1月以来継続して実施しているパネル調査によれば、新型コロナウイルスは恐ろしさと未知性のいずれもがきわめて高いと認識され続けており、原発事故と同程度かやや高いレベルにある。

つまりこれは、リアルワールドデータをフル活用する社会心理学研究を行う「チャンス」が再び到来したということでもある。自らも影響を受けつつ感染禍に立ち会う参与観察者として、これまでとは異なる新たな問題意識をもって、研究を開拓していきたい。


[1] Stone, A. A., & Litcher-Kelly, L. (2006). Momentary capture of Real-World Data. In Eid, M., & Diener, E. (Eds.). (2006). Handbook of multimethod measurement in psychology (pp. 61-72). Washington DC: American Psychological Association.
[2] Golder, S. A., & Macy, M. W. (2011). Diurnal and seasonal mood vary with work, sleep, and daylength across diverse cultures. Science, 333, 1878-1881.
[3] Komori, M., Miura, A., Matsumura, N., Hiraishi, K., & Maeda, K. (2021). Spread of risk information through microblogs: Twitter users with more mutual connections relay news that is more dreadful. Japanese Psychological Research, 63, 1-12.
[4] Allport, G. W. & Postman, L. (1947). The psychology of rumor. New York: Henry Holt. (南 博 訳(1952).デマの心理学 岩波書店)
[5] Slovic, P. (1987). Perception of risk. Science, 236, 280-285.