学校教育におけるメディアリテラシー育成(後篇):教科ごとに考える~中村純子

2021.07.29
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後篇では、平成29年(2017年)版の学習指導要領に照らし、メディアリテラシーを育むために、どのような授業が可能か、教科ごとに考えていく。

中村 純子
東京学芸大学人文社会科学系日本語・日本文学研究講座国語科教育学分野 准教授
2012年 東京学芸大学大学院 連合学校教育学研究科学校教育学専攻 博士課程 修了。博士(教育学)。川崎市公立中学校教諭として約30年教鞭を取った後、現職。専門は国語科教育学、メディアリテラシー教育、国際バカロレア教育。共著書に『メディア・リテラシーの教育―理論と実践の歩み』(渓水社)など。

学校教育におけるメディアリテラシー育成(前篇)はこちら

国語、社会、外国語

国語科では、「知識および技能」の領域に、「情報の扱い方」が新たに入った。

第一学年
(2)イ 比較や分類,関係付けなどの情報の整理の仕方,引用の仕方や出典の示し方について理解を深め,それらを使うこと。
第二学年
(2)イ 情報と情報との関係の様々な表し方を理解し使うこと。
第三学年
(2)イ 情報の信頼性の確かめ方を理解し使うこと。

このように「情報」の観点が入ることによって、マスメディアやソーシャルメディアの情報を学習教材として扱うメディアリテラシーの授業が、いっそう展開しやすくなった。

一つの事象を伝える新聞記事やテレビニュースの比較、広告ポスターの制作などは、すでに教科書教材に定番化していたが、これまでは記事の見出しや文章、キャッチコピーなどの文字情報の分析がメインであった。

しかし「情報」という、より抽象的な概念が設定されることで、文字言語に加え、映像言語の分析も含めることができるようになった。新聞記事の写真、テレビニュースの動画のカメラワークや篇集、広告デザインの色や表象などの視覚的な記号の意味を言語化して分析する活動を、もっと取り入れることができる。

さらに、出典に着目して情報の送り手の意図を見極めることや、複数の情報の比較や分類を通して関係性を分析し、情報の信頼性を確かめる方法を理解していく。受信した情報を鵜呑みにしない。クリティカルに分析して活用する。これは、まさにメディアリテラシーであり、他教科の調べ学習で汎用できる重要なスキルである。このメディアリテラシーを軸に、各教科の学習を関連付けていくことができる。

社会科では、メディアの特性や価値観を分析することが肝となる。
「広い視野に立ち、グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者に必要な公民としての資質・能力」を育むという目標が示されている。地理や歴史や公民のそれぞれの分野で、様々な資料を読み取ったり、多面的・多角的に考察したり、現代社会に見られる課題について公正に判断したりする力、思考・判断したことを説明したり、それらを基に議論したりする力を養うことが掲げられている。

地理的分野では、世界や日本の場所や地域の特色、人口の偏在や防災について扱う。歴史的分野では、民族や宗教をめぐる対立や地球環境問題への対応について、公民的分野では、少子高齢化、情報化、グローバル化などが、現在と将来の政治、経済、国際関係に与える影響を扱う。

これらのテーマに関する調べ学習では、新聞やインターネットなどのメディアも活用することが推奨されている。入手した資料は、メディアの特性や情報の送り手の立場、イデオロギーや価値観を踏まえて分析する必要がある。前篇で挙げたマスターマンのメディアリテラシーの基本原則が役立つはずである。

英語などの外国語では、相手の文化的な背景を理解しながらコミュニケーションを図ることが重要だ。
外国語の背景にある文化に対する理解を深め、聞き手、読み手、話し手、書き手に配慮しながら、主体的に外国語を用いてコミュニケーションを図ろうとする態度を養うことが目標とされている。文化的なコンテクストを踏まえ、情報の送り手、受け手の役割に配慮したコミュニケーション能力とは、まさにメディアリテラシーのことである。

〔思考力、判断力、表現力等〕の中に、「情報を整理しながら考えなどを形成し、英語で表現したり、伝え合ったりすること」に関する事項がある。日常的な話題や社会的な話題について、必要な情報を選択したり抽出したりして活用し、事実や自分の考えや気持ちなどを伝え合うコミュニケーション能力を習得する指導があげられている。

これらの活動は英語で行なうことが前提だが、リテラシーとしての基本は同じである。分析の観点に、メディアリテラシーの基本的原則を加えることで、より豊かな学習になるはずである。

数学、理科、音楽・美術

数学については、グラフや図表をクリティカルに読み込むことがメディアリテラシーになる。
数学的な見方・考え方を働かせながら、日常の事象や社会の事象を数理的に捉え、数学の問題を見いだし、問題を自立的、協働的に解決し、学習の過程を振り返り、概念を形成するなどの学習を充実させることが掲げられている。解決の過程や結果を振り返って統合的・発展的に考察したりする活動が示されている。

メディア報道や論説などで示されるグラフ・図表などのデータを分析するとき、数学的思考を活用するメディアリテラシーが必要になる。社会や理科などの授業と関連付けて展開すると、効果的である。

理科は、科学技術の在り方について考察を深めることが重要である。
化学や物理を扱う第一分野では「科学技術と人間」、生物や地学を扱う第二分野では「自然と人間」という項目がある。それぞれの分野で学んだ内容を統合し、科学技術の発展の過程を知るとともに、科学技術が人間の生活にもたらすものや、自然環境の保全における利用の在り方について、考察を深める学習活動である。

コンピュータや情報通信ネットワークなどを積極的かつ適切に活用して調べ学習に取り組み、科学的に考察することが求められている。この学習でも、検索した情報を吟味するメディアリテラシーが必要となることは言うまでもない。

音楽・美術においては、歴史的、社会的な背景も踏まえて鑑賞することがカギになる。
芸術に関わる音楽と美術では、生活や社会の中での音楽文化や美術文化と豊かに関わる資質・能力の育成が、目標として掲げられている。どちらの教科にも、「A 表現」と「B 鑑賞」が設定されている。

美術の「A 表現」では「イ 美術の表現の可能性を広げるために、写真・ビデオ・コンピュータ等の映像メディアの積極的な活用を図るようにすること。」という配慮事項がある。デジタル・メディアを活用した創作は、メディア情報の発信につながる学習である。情報の送り手として、オーディエンスの反応を予測して創作に反映させるメディアリテラシーの指導も加わると、より豊かな学びが生まれるに違いない。

「B 鑑賞」では、音楽、美術ともに、生活や社会における意味や役割について自分なりに考え、音楽や美術のよさや美しさを味わい、ものの見方や感じ方を深める指導が目標とされている。そして、我が国や郷土の伝統の音楽や美術だけではなく、諸外国の様々な音楽や美術に触れ、それらの特徴から生まれる多様性や、芸術文化の継承と創造についての理解を深めることが求められる。

メディアを活用して作品鑑賞するときに、マスターマンのメディアリテラシーの基本原則を授業に組み込んでおくとよい。基本原則のひとつに「クリティカルにメディアを読むことは、創造性を高め、多様な形態でコミュニケーションをつくりだすことへとつながる。」とある。諸外国の音楽や美術を鑑賞する際、その作品の歴史的社会的な背景も踏まえてクリティカルに解釈することは、国際理解の一助となり、新たな創作につながる。

保健体育、技術・家庭

保健体育では、健康に関する広告が与える影響や商業的意味を考えることが大切だ。
〔体育分野〕の「H 体育理論」という指導項目では、文化としてのスポーツの意義について学習する。文化としてのスポーツの意義や、国際的なスポーツ大会が果たす国際親善や世界平和への大きな役割について考えることが、例としてあげられている。この学習では、スポーツに関するニュースを教材として扱う。このときに、資本関係や地域性などメディアの立場によるニュースの伝え方の違いを分析することも授業に加えると、メディアリテラシーの育成につながるはずである。

この指導項目では、自分で課題を発見し、よりよい解決に向けて思考し判断するとともに、他者に伝えることも学習活動に設定されている。情報の送り手として、メディアが構成した「現実」をさらに再構成していく活動である。送り手としてのメディアリテラシーの学習にもつながるであろう。

〔保健分野〕では、生涯を通じて心身の健康の保持増進を目指し、明るく豊かな生活を営む態度を養う個人生活における健康・安全について理解することが目指されている。運動、食事、休養、睡眠といった生活習慣や、喫煙、飲酒、薬物乱用などの健康を損なう行為について取り上げる。

こうしたテーマには、コマーシャル分析が適している。多くの人に健康保持を促すための情報を伝えようとする公共広告もあれば、人々の不安や悩みにつけこんで購買意欲をそそろうとしている広告もある。スポーツジムや食品、薬、枕、ビール、酒、煙草などのコマーシャルの、ターゲット・オーディエンスの考え方に与える影響や商業的意味について考えるとよい。授業では、生徒自らが発見した課題について、よりよい解決に向けて考えたことをプレゼンテーションし、他者に伝える力を養うことも目指されている。

技術・家庭では、情報発信には責任が伴うことを学ぶことができる。
〔技術分野〕では、平成10年(1998年)版の学習指導要領に「B 情報とコンピュータ(4)情報通信ネットワークについて」の指導事項として、「ア 情報の伝達方法の特徴と利用方法を知ること。」「イ 情報を収集、判断、処理し、発信ができること。」があった。この項目の指導がメディアリテラシーと関連付けられ、教科書でも大きく取り上げられていた。しかし、平成29年(2017年)版からは「D 情報の技術」と変わり、指導項目はプログラミング教育が中心となった。

一方、生活や社会を支える情報の技術について調べる活動では、著作権を含めた知的財産権や、発信した情報に対する責任について扱うことがあげられている。この内容と関連させ、情報処理の手順ばかりでなく、メディアリテラシーについても扱えるとよい。

〔家庭分野〕では、衣食住などに関する実践的・体験的な活動を通して、よりよい生活の実現に向けて生活を工夫し、創造する資質・能力の育成が目指されている。「A 家族・家庭生活」に関する授業では、テレビドラマやコマーシャルで描かれている家庭像を、ジェンダーの視点から分析する活動が考えられる。

「B 衣食住の生活」では、食事の役割や栄養の特徴、日常食の調理と地域の食文化、衣服の選択と手入れ、住居の機能と安全な住まい方について学ぶ。

食事に関しては保健分野の健康保持と組み合わせて、食品のコマーシャルや食事を扱うテレビ番組の分析をすると効果的であろう。

衣服や住居については、「C 消費生活・環境」の学習と関連させて、コマーシャル分析や生活情報の分析に取り組ませるとよい。メディアが情報の受け手の消費行動をどのように操作しようとしているのかをクリティカルに分析することで、責任ある消費行動を考えることにつながる。

カリキュラム・マネジメントの導入は好機

以上のように、平成29年(2017年)版新学習指導要領では、教科学習を日常生活や社会生活と関連付け、学習者が自らの課題を設定し、解決するために、情報メディアを活用し発表することを、全教科に位置づけていることがおわかりいただけたと思う。国語科の「情報の扱い方」で育むメディアリテラシーは、各教科の学習内容に関連付けることで、多角的に多様な観点からよりいっそう高めていくことができる。

カリキュラム・マネジメントが打ち出されたことも、大きなチャンスと言える。「カリキュラム・マネジメント」とは、各教科の壁を越えて横断的に学習内容を関連付けて、授業を独自の指導計画を学校独自に立てていくやり方を指す。社会科で取り組む新聞記事の比較分析を国語科の情報の扱い方の授業とコラボレーションで行ったり、美術の授業で制作するポスターのキャッチコピーの制作や、デザインの批評分析を国語科で取り組んだりする手法である。

一人の教師が全教科を教える小学校では、スムーズに導入しやすい。専門の教員がそれぞれの教科を担当する中学校・高等学校では、これまでは自分の担当教科の指導だけを考えていればよかったかもしれない。しかし、カリキュラム・マネジメントをする上では、他の教科の先生方の学習内容にも関心を持ち、協同的に授業を作ることが求められる。生徒と同様に、教師も主体的な対話を心がけ、深い学びを促すメディアリテラシーの授業をデザインしていくべきである。

デジタル・メディアは、あらゆる悪や災いを可視化させた。しかし、「希望」は残っている。この「希望」を大きく育てていくのが、教育の力である。次世代を担う学習者が、未来の情報社会をよりよく生きる力を獲得できるように、メディアリテラシーを育んでいかなくてはならない。