陰謀論のメカニズムと分断――政治心理学者・秦正樹氏に聞く

2026.05.27
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世界のあちこちで、虚偽情報がSNSで爆発的に拡散し、選挙の結果にまで影響を与えるなどが問題になっています。明確な根拠がないまま、社会的な事件や歴史的出来事が、実は邪悪で強力な組織が秘密裏によって操られているといった「陰謀論」の拡散も注目されています。政治心理学を専門とし、「陰謀論」についての研究でも知られる秦正樹・大阪経済大学准教授に、インタビューしました。
(聞き手:山脇岳志・スマートニュースメディア研究所所長)

秦正樹(はた・まさき)
1988年広島県生まれ。大阪経済大学情報社会学部准教授。
博士(政治学)。大阪市立大学法学部卒業後、神戸大学大学院法学研究科修了。北九州市立大学法学部講師、京都府立大学公共政策学部准教授を経て、2024年より現職。専門は政治心理学、政治行動論、現代日本政治分析。著書に「陰謀論:民主主義を揺るがすメカニズム」(中央公論新社、2022年)がある。

 

SNS時代の陰謀論はウイルスのように「変異」する

――ご著書『陰謀論』で最も印象深かったのは、政治に関心がない人よりも、関心がある人のほうが、政治に関する「陰謀論」にはまりがちだという指摘でした。なぜそうなるのでしょうか。

基本的には、とても素朴な話だと思っているんです。人間は、関心のないことに対しては、虚偽の投稿であれ動画であれ、そもそもあまり接触しないですよね。よく考えると当たり前かもしれませんが、政治に興味がない人が政治の虚偽ニュースを見ても、大体飛ばしちゃいますよね。影響は起きにくいということです。
もう一つは、ニュースには右とか左とか、自民寄り、立憲寄りといった党派性が紐づいている情報があって、政治への無関心層ほど、そういう党派性と結びつくことに対する嫌悪感が強いと考えられます。だから相対的に関心のある人のほうが、陰謀論に引き付けられるというところなのかなと思います。

――「陰謀論」自体は世界中で大昔からあるものですが、SNSの普及によって、何が変化したのでしょうか?

Twitter(以下、ツイッター)とXを分けてお話しします。ツイッター時代のアルゴリズムは、(虚偽コンテンツに対する一定の規制がある一方、その人の関心に応じたコンテンツが上位に表示されることで)フィルターバブルが作られやすい状況でした。しかしイーロン・マスク氏がTwitterのアルゴリズムをいじってからの世界は大きく変わりました。今はバズれば強制的に表示されるようなアルゴリズムに変わったので、虚偽情報の爆発的な広がりが問題になってくる。《熱狂からフェイクへ》という変化ですね。
伝統的な陰謀論――たとえば、「ケネディ暗殺の真犯人は別にいる」とか「9.11(同時多発テロが、アメリカ政府の)自作自演説」など――は一つの物語として成立していて、何十年も、同じ陰謀論がずっと再生産され続けています。ところがSNS時代に生み出される陰謀論は、日々形を変えていく。しかも見ているクラスターに応じて、『変異』を起こしていくんです。陰謀論そのものが、(生物の細胞に入り込む感染制性構造体である)ウイルスに似ていると僕は思っています。

典型的なのが新型コロナウイルス感染症の初期における陰謀論的な言説です。トランプ大統領は、コロナウイルスのことを、《武漢ウイルス》《チャイナウイルス》と呼ぶなど、新型コロナウイルスの発生源である中国を批判する文脈でこれを取り上げました。「ウイルスは中国の武漢の研究所で作られた」といった言説を信じているのは右派、共和党支持者が中心でした。(注・その後、武漢の研究所から実際に流出したという情報もありますが、少なくともパンデミック初期の時点ではそうした証拠はありませんでした)ところが一か月後には、トランプを嫌うようなリベラル系の一部までコロナウイルスは人工物だと言い出すようになりました。ただし理由が違う。彼らにとっては中国が作ったのではなく、ビル・ゲイツが作ったことになっていました。

極端な左派にとっては大資本が大嫌いなので資本家の仕業にしたい。右派(共和党支持者)にとっては共産主義の中国を叩くために使える。「ウイルスは人為的に作られた」という陰謀論のコアは同じですが、理由が自分たちのクラスターに都合がいいようにどんどん変換されていく。
日本にたどり着いたときには、静岡県にビル・ゲイツの別荘があってそこで開発されているという話になっていたり、メキシコでは闇の研究所があるという話になっていたり―自分の国とか自分自身の信条などに都合がいいように変わってていくのです。こうやって陰謀論は人に受け入れられやすいようにちょっとずつ修正されていくからこそ広まっていく。そしてSNSがその変異の場になっていると考えることができます。

逆にSNSがない時代には、陰謀論は修正される余地が、あまりありませんでした。仮に修正されたとしても一部の地域の中だけで完結することがほとんどで、それが日本中とか全米中とかといった広範なレベルに広まることはほとんどありませんでした。一つのパターン化した陰謀論が同じように広がっていたわけですが、受け入れられやすいように修正されていく能力のあるウイルス的な陰謀論のほうが広がりやすく、強いわけです。

マスメディア不信にどう対処すべきか

――ご自身がかつて「ネトウヨ」だった時期があると、自著で明らかにされています。「マスメディア不信」を持てば、「(すべてマスメディアが悪いということにして)大概の問題は解決できる」とも書かれています。マスメディア側から見たとき、この状況にどう対処すべきだと考えますか。

スマートニュースの2025年の世論調査(スマートニュース・メディア価値観全国調査)でも、7割近い日本人がマスメディアを今でも「とても信頼している」「やや信頼している」と回答しています。世論調査の国際比較をしてみても、日本はいわゆる新聞やテレビといった伝統メディアへの信頼率が他国に比べて、比較的高い。デジタル化が明らかに遅れているという構造的な要因がありますが、もう一つは日本の新聞やテレビがあまり党派性を持っていないという部分が大きいと思うんですよね。

三輪洋文さん(学習院大学法学部教授)の研究で、ツイッターのアカウントごとのフォロワーデータから様々な政治アクターのイデオロギー値を推定している(注:投稿内容自体から推定しているわけではない)のですが、そこでは読売新聞はやや右寄り、朝日新聞はやや左寄りではあるけれども、どちらもそれほど強いイデオロギー位置にはなっていませんでした。発行部数が落ちる一部の新聞には相当の政治的な偏りも見られますが、大きな部数を持つ新聞は世間で思われているほどイデオロギー的に偏っているわけではないと言えそうです。テレビについても放送法4条があって、政治的公平さや多様な観点の確保が求められています。つまり日本の大半のマスメディアは、それほど極端にイデオロギー的・党派的にふれているわけではない。こうした日本のメディアの中立的、あるいは中立を目指すような論調が読者・視聴者の信頼をキープしている秘訣なんじゃないかとも思っています。

ただ最近は中立であることが「中立じゃない」と見られる社会になってきた。マスメディアは、攻撃されたあとにディフェンスしかできない面がある。『私たちは中立だ』と自分で言えば言うほど偏って聞こえますから。それはやむをえないところがあるのですが、なぜか今、マスメディアの側が、オフェンスをしようとしている感じがする。選挙報道を見直すとか、SNS上の言説のファクトチェックとか。その努力をネガティブに見ているわけでは全くないですが、一方でそれほど大きな効果はないのではないかとも思っています。マスメディアを信頼するという7割もの人をどう維持していくかという発想が大事で、SNSに対抗するというよりも、マスメディアは、事実を正確に伝えていく努力を重ねたり、これまでと変わらず、なるべく事象を公平に伝えるという姿勢を保ったりすることが重要だと思います。それを「信頼できない」と考える人のほうが圧倒的に少数派なわけですから。

陰謀論からの「脱出法」はあるのか?

――いったん陰謀論にはまっていてしまった人を脱出させる方法はあるのでしょうか。

答えがあればノーベル賞がもらえるんじゃないか、という話ですね(笑)。ただ、僕自身の経験でいえば、ネトウヨの世界から脱出したときに、僕のネトウヨ的な発想に10年以上つきあい続けてくれた友人の存在が大事だったと思っています。リー・マッキンタイアの著書に『エビデンスを嫌う人たち』(国書刊行会、2024年)という良い本があります。科学哲学者であるマッキンタイアはGMO(遺伝子組み換え作物)に懐疑的な、40年以上の付き合いのある環境生物学者の友人にインタビューをしています。やはり彼はGMOを強く懸念していました。筆者は、彼の言い分をきちんと聞いて理解したうえで対話を続け、強い信頼関係を築きます。また長年の友人である私が言うんだから耳を傾けてくれるだろうという状況を作り上げてGMOをめぐる科学否定論への異議を言うんだけれども、それでも彼は信念を変えなかった―という話が出てきます。
ただ、おもしろいのは、だから対話は意味がないんじゃなくて、『だから、この対話は終わっていない。それでいいのだと思う』と書いてあるところです。

実は、対話にどこまで効果があるのかについて、僕はそこまで有効性があるとはあまり思っていないんですけれども、それでも対話以外の方法がないんじゃないかもと思っています。少なくとも放置していてなんとかなるものではない。

――陰謀論から脱出してもらうためには、陰謀論が虚偽であるというエビデンスを示すことが大事という人もいますが、それは意味がないということでしょうか。

多分それはエビデンスを示すことが重要なのではなくて、エビデンスを信じてもらえる人間関係があることが重要なんじゃないかという気がします。ノーベル賞を取った研究者がこう言っていると伝えたところで、陰謀論を信じている人たちにはむしろ逆効果かもしれない。でも自分の奥さんなり旦那さんなり子どもなりの言葉であれば信じる、ということはあると思います。
その意味で、やっぱり《誰が言うか》は非常に大事なんだと思います。学校などの単位で考えると、信頼関係のある先生が何を言うかという点も、すごく大事なのかなと思いますね。

若い世代が求める「直情型」の政治家

――政治の話を伺います。秦先生は、「2025年参院選をめぐる有権者の意識調査」で、2025年参院選において、「強い言い回しで自分の信念を貫く直情型」のリーダーが若い人に受けるという分析をされていました。このあたりを解説していただけますか。

政治家の有能さをどう測るかを考えていたんです。信頼研究では、「能力に対する期待」と「意図に対する期待」の二つがよく言われます。飛行機を信頼するのはパイロットの運転能力が高いからで、これは能力への信頼。妻が浮気していないと信頼するのは、妻にそういう意図がないと信じているからで、これは意図への信頼です。

そういうことを念頭にいくつかの設問を利用して因子分析をすると二つの軸が出てきました。一つは、SNSを使うとか、論破してでも相手を潰す能力が大事だとか、正しいことのためにルールを破ってもいいとか、法の抜け穴を見つけるのは賢いんだという――僕はこれを《直情型》と呼んでいます。
もう一つは、分かりやすく説明する、合意形成に力を注ぐ、幅広い層から支持されている、専門家の力を借りることができるという《合意型》です。
これをさらに分析すると、若い人は直情型のほうを望んでいて、年齢が上がるほど合意型を求める。非常に分かりやすく右肩下がりになっています。支持政党で言えば、参政党やNHK党、国民民主党、自民党の支持者は直情型を大事にする傾向があり、立憲や社民、共産の支持者はそういう政治家を求めていない。ただし、これがこの時期だけの現象なのか、若い人は普遍的に直情型を求めるのかは分からない。個人的には、割と普遍的な現象じゃないかと思っていますが。

――選挙とメディア接触の関係について、どういうことが言えますか。

先ほどの議論とは別に、2025年参院選の際では、新聞やテレビなど伝統メディアをよく見ている人は、立憲民主党に投票する割合が高いという分析結果がでています。一方、YouTube、まとめサイト、SNS、TikTok、インフルエンサーを重視している人は、圧倒的に国民民主党が一番になる。ただ国民民主党支持の人はYouTubeだけをみているのかというとそうではなくて、テレビや新聞の接触も結構多い。
最近の選挙とメディア接触を見る上でもう一つ重要なのは、SNSの影響によって投票率が増えたというよりも、SNSを重視している人たちの投票先が変わったという『中の動き』であることです。彼らの投票先は、国民民主党であり、参政党であり、高市自民党であるわけです。
全体のボリュームは変わっておらず『引っ越し』しているだけと考えるとよいかと思います。実際、投票率は55〜56%で、小泉選挙や民主党が政権を取ったときのような劇的な増加はありません。

陰謀論との関係でいうと、伝統メディアを見ている人のほうが陰謀論を信じる傾向は低く、SNSを中心に見ている人のほうが伝統メディア中心の人よりも5%ポイントほど、陰謀論を信じる傾向が高く見られることが、私の調査でわかっています。特にYouTube、インフルエンサーの影響が大きいですね。

「分断」とは、アイデンティティと対立が結びつくこと

――米国での分断は激しいですが、日本の分断はどういう状況だと思いますか。また、何をもって分断の有無を測るべきでしょうか。

僕自身はあまり日本が分断しているという実感がありません。世界的に見て日本の分断の度合いは緩い。これは多くの研究でもそう言われているし、実感としても同様です。
ただ、差というものは探せばいくらでもある。男女差とか、都市と地方の差とか。すべてのカテゴリーに差は出てくる。でもそのすべてが分断かというと、そうではない。

分断というときには、アイデンティティを伴うのではないかと思っています。日本も政治的なイデオロギーの対立はありますが、日本人の多くが、政治的イデオロギーや党派性にそれほどコミットしていないから、大きな分断には見えない。アメリカ人は、保守の人や共和党員が保守/共和党員であることを誇りに思っていたり、リベラルな人や民主党員がリベラル/民主党員であることに誇りを持っていることも多い。だからアイデンティティと結びつくからこそお互いに譲ることができない対立がおきて、分断になる。

では、日本人がアイデンティティを感じるものは何かというと、一番に考えられるのは『経済状況』ですかね。かつて日本人がエコノミックアニマルと評された時代もありましたが、自分が金持ちなのか貧乏なのかについては、自身の社会的立場としてのアイデンティティを感じやすい。だから経済的不平等は政治的に重要なテーマになるし、再分配や減税が常に大きなイシューとして問われるのかなと思います。

学校でのメディアリテラシーは、スマホでのコミュニケーションから

――情報過多の現代社会において、メディアリテラシー教育が指摘され、文部科学省の次期学習指導要領の検討項目の中にも入っています。メディアリテラシーを持つ人が広がることが、分断の緩和にも役立つという意見もあります。最後に、メディアリテラシー教育についてのご見解を伺います。

メディアリテラシー教育が分断を緩和するための万能薬だとは全然思っていません。劇的な効果はない。しかし、だからといって意味がないとも思わない。これだけメディア情報環境が変わっていることについての一定の知識や、クリティカルシンキングする癖は付けたほうが絶対にいい。
教育というのは、「分かる人に分かってもらう」という側面があるように思います。逆にいえば、アンテナを持っている人に何も情報を与えないのは不作為となりえます。

ただ、もう少し日常の中にある「メディアコミュニケーション」について、学ぶべきだと思います。たとえば、LINEなどチャットツールでのコミュニケーション。若年層を中心に、句読点のマルをつけておくると『丸ハラ』になってしまいかねないとか、スタンプの使い方とか、グループLINEで一言間違えて送ったら人間関係が崩れていじめられるとか、そんな些細なところにメディアコミュニケーションの本質があると感じています。

今の学校は、スマホは学校では禁止(あるいは持ち込み自体を禁止)というところも多いようですが、僕はスマホは学校に積極的に持ってきて、そのまともな使い方を積極的に教えたほうがいいと思うのです。学校だけ無菌状態にしようとするのは逆効果です。テレビのリテラシーよりも、ソーシャルメディアのリテラシーのほうがはるかに切実で、現代のメディアリテラシー教育の対象はそこだけでいいんじゃないかとすら思うくらいです。だって若い人は新聞はほとんど読まなくなっているし、テレビもあまり見なくなっているのですから。

(インタビューは、2026年3月18日に行いました)