なぜ、科学は「嫌われもの」になったのか? お笑いの力で「トキメク」科学に~黒ラブ教授

2024.06.21
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皆さんは、「科学」に対して、どんな印象を持っているでしょうか?
科学と社会をつなぐ「サイエンスコミュニケーション」に携わる仕事柄、私には、多くの方が科学は「嫌われもの」という印象を持っているように思えてなりません。

「サイエンスコミュニケーション」とは、科学の知識や成果を専門家以外の人々に伝えたり、一緒に考えてゆくための場を醸成したりするもので、重要な役割を担っています。最近、SNSなどでもその名称を目にすることが増えたので、科学に興味のある人にはある程度うまく浸透しているように思います。一方で、科学が嫌い、あるいは苦手意識があるという人には、うまく受け入れられていないように感じています。
私は、そんな科学に興味のない人向けのサイエンスコミュニケーションを得意としています。国立科学博物館認定のサイエンスコミュニケーターにして、「黒ラブ教授」の芸名で吉本興業に所属する、大学の先生芸人でもあります。

この記事では、そんな私が、新しいサイエンスコミュニケーションの方法論・今後のあり方について掘り下げていきます。科学の世界をより身近に感じ、理解を深めるためのヒントが、ここにあるかもしれません。

黒ラブ教授

国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター。科学に興味のない人に対し、どう伝えるのかの研究と実践をしている。東京大学情報学環客員研究員として研究に従事すると同時に、吉本興業で「大学の先生芸人」として、大学の授業をわかりやすくして笑いを入れたような漫談をメインに、様々なコンテンツを制作している。科学技術振興機構サイエンスアゴラ賞など授賞多数。全国各地で今までに1000以上のイベントに出演。東京工科大学工学部客員准教授や企業でサイエンスコミュニケーションのコンサルなども務める。

お笑い×科学

2004年の科学技術白書などに後押しされ、日本でも「サイエンスコミュニケーション」というワードが社会に広く知られ、様々なコンテンツが発信されるようになりました。

ただ、科学に興味のない人にアプローチするのは、研究者はもとより、サイエンスコミュニケーターでさえ容易ではなく、成功しているコンテンツは少ないと感じています。
その理由の一つとして、「元々科学に関心のある人が説明をしているから、科学に興味のない人の気持ちがわかりにくい」という指摘があります

そんな状況に一石を投じるため、筆者の黒ラブ教授は2009年頃から、大学レベルの科学の内容に笑いの要素を取り入れた漫談を始めました。科学に興味のない一般の人々もたくさん集まる場所で活動しています。ネット検索してみると、動画でネタが見られますので、ぜひご覧ください(笑)。

国から賞をいただいて、全国展開で活動をしています。うわさを聞きつけてか、今では全国各地から様々な出演依頼をいただくようになりました。

”「クランク機構」(回転運動を左右の運動に変換する仕組み)について本質的な内容を伝えながら、1時間、観衆を笑わせてほしい。”、”一般の人に、スーパーコンピューターが何をやっているのか、具体的な計算までしっかり伝えながら、親しみを持てる内容にできないか。SDGsを、親しみあるコンテンツにできないか――。”

私に依頼いただく”対象”は元々、科学が嫌いになりはじめる中学・高校生が主流でした。しかし、世に知られるにつれ、年齢層は子供から大人まで幅が広がり、子供向けには実験のお笑いワークショップなどを手がけるようになりました。

理化学研究所・神戸キャンパス一般公開日のスパコンお笑いライブの様子

 

つまらない授業の秘訣は、「サイエンスコミュニケーション」のヘタさ

なぜ、こんなことを始めたのか。きっかけは、吉本興業で組んでいたお笑いコンビの解散でした。当時、私はなぜか、大学で受けた授業がつまらなかったことを思い出していました。学問にすごく興味があるのに、大学の授業ではどうしても眠くなってしまう。先生の話を聞くのがつらくて、勉強する気が起きない。皆さんも、そんなご経験はありませんか?

授業というものは、教員の教え方によっては、生徒・学生にその科目を好きにもさせますが、逆に嫌いにもさせてしまう。次世代育成のために、とても重要なことではないのか。私はそう考えました。

では、眠くなる授業とはどんなものでしょう?
大学の授業について、ずっと分析していた私は、あることに気づきました。聞く側を眠くさせたり、興味を失わせたり、理解を難しくさせる「技術」が、授業のヘタな先生の中にたくさんつまっているからだ、と。黒板の方にばかり向いてしゃべる。話し方に覇気や抑揚がない。話す側に物理的な動きがほとんどない。聞く側に対して呼びかけや問いかけがまったくない。説明が難解すぎる――。
もちろん、私の聞く能力がなかったからかもしれませんが、その辺は目をつぶってもらいましょう(笑)。

大学時代を振り返ると、授業のうまい先生もいましたが、ヘタな方が多かったように思います。つまり、科学を嫌いにさせる「サイエンスコミュニケーション」になっていたのです。
授業の質は維持しつつ、分かりやすくするだけでなく、人を楽しませる、いやそれ以上に笑わせる技術を取り入れたら、難易度が高い授業でも一般の人々が無理なく笑えて学べるのではないか。コンビを解散したばかりの私は、そんなことを考えました。

そして、それを仕事にできたら、科学も好きだし、笑わせるのも好きだし、私自身がよりトキメクことができると考えたのです。

「相手のスタンスに寄り添うこと」で、トキメク科学に〜サイエンスコミュニケーションのコツ

とはいえ、それを実現するには、かなり苦労しました。何かを参考にしようにも、科学をネタに人を笑わせるそれまでのパターンは、理系の人が持つオタク性をバカにする内容しかなかったからです。私は、理系のイメージをマイナスにする方向での笑いはとりたくありませんでした。科学の内容だけで笑いが取れるのか、文字どおり、ゼロからの挑戦が始まりました。
私がお笑いを披露する吉本興業の劇場のお客様は、大半が高校生以上、特に女性が多いという特徴があります。一般的な感覚で言えば、「科学が大好き」という人は少ないと言えるでしょう。

1年間で300回ぐらいステージに立ったのですが、最初は1秒も科学の内容で観客を笑わせることができませんでした。様々な点を突き詰めて考え抜きました。ライブ会場に来るお客様は、笑いに来ているのだから基本は難しいことを考えたくないスタンスだと思います。
私が、科学的な説明をする際、簡単に説明するだけではなく、なるべく一言一言区切って、一般の人がイメージしやすい言葉を使って、聞く人の考える負荷を可能なかぎり少なくさせたりしています。

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例えば、スーパーコンピューターとは?
×様々なものをシミュレーションをするものだよ。
〇いろんな未来を予測する占い師さんみたいなものだよ。何を元に占いをするのかというと方程式だよ。
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後者の方が、興味をもってもらいやすくなり、お客様は引き込まれる、つまりトキメクのです。それがさらにフリになり、笑いも取りやすくなります。試行錯誤すること約3年、ようやく今の形にたどり着きました(もちろん、まだ未熟ですが)。

活動を続けていく間に、予想外の変化が見えてきました。黒ラブ教授のネタを見てくださる方から、次々と反応が聞こえてきたのです。「学校だけなら理系に行く気はなかったけど、劇場で楽しさを知り理系に行こうと思った」という高校生をはじめ、うれしい感想をいただくことが増えてきました。

中学、高校と年齢が上がるほどに、「科学嫌い」が増えると言われています2,3
この頃の時期は、他の好きなものが現れることもおおいに関係していそうな気がしますが、純粋に科学だけで考えると、内容が難しくなるので、嫌いになるなど複数の要因と考えられています。私に言わせれば、中学・高校などで学ぶ理科や科学(物理、化学、生物、地学)は、科学の歴史を学んでいるようなものです。しかも、”発見してゆくプロセス”という一番楽しい部分を省いて、その結果だけを学んでいるので、単調なものになりがちです。

科学は日々発展していくので、内容は難しくなるばかり。受験で点数が取りにくいから、ますます嫌いな科目になる――。これぞまさしく、「嫌われ科学」の構造です。

科学に興味のない人もわんさかとやってくる劇場で活動をすることで、彼らにうまくアプローチできます。科学好きを増やすことで、最終的には日本の科学技術をさらに発展させることに少しでも寄与できたら、と私は考えています。もし理系に進まなくても、お客様が成長して親になり、子供が理系に進む時に最大の味方になってくれる可能性が高くなればいいなと思い、今やっていることが有効な活動だと感じています。
まさしく、私もみんなもトキメク、サイエンスコミュニケーションなのです。

科学リテラシーも、課題は”コミュニケーション”

昨今なにかと話題のChatGPTなどの生成系AI(人工知能)は、まだ少し頼りない所もありますが、将来、皆さんの身近なサイエンスコミュニケーターになるのは間違いないと思います。そんなChatGPTに、人々の科学リテラシーを高めるためのポイントを聞いてみました。

【以下、ChatGPTの回答】

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◇発信者側のポイント
発信者は、科学リテラシーを高めるために、以下の点に注意する必要があります。まず、専門用語を平易な言葉に置き換え、複雑な概念をわかりやすく説明することです。次に、具体例や日常生活との関連性を示し、科学が身近で役立つことを伝えます。視覚的な要素や実験を取り入れて、視聴者や読者の興味を引きやすくします。さらに、対話を促し、質問や意見を受け入れる姿勢を持つことで、双方向のコミュニケーションを確立します。
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◇聞き手側のポイント
聞き手は、科学リテラシーを高めるために、以下の点に注意することが重要です。まず、好奇心を持ち、疑問を積極的に持つ姿勢を養います。情報の出所や信頼性を見極めるメディアリテラシーを身につけ、科学的な情報に対する批判的思考を培います。わからない点があれば、質問することをためらわず、信頼できる情報源を求めます。実験や体験型学習に参加し、実際に試して理解を深める努力も欠かせません。
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上記のChatGPTの回答は、概ね間違えてはいないと思います。ただ、私からすると、それぞれで不足している所があるので、補足してみたいと思います。

まず、発信者側において気になったのは、「対話を促し、質問や意見を受け入れる姿勢を持つことで、双方向のコミュニケーションを確立します」という点です。

SNSの普及が進んで、科学的な話題についてもSNS上で頻繁に交わされるようになりました。ただ、私なりに見ていると、科学に詳しい人と、そうでない人とのやりとりが荒れている事が多いように感じます。そのようなSNS上での対立は、科学や研究者への嫌悪を増やすだけでなく、将来、理系に進もうと考えている人を科学嫌いにさせるかもしれません。
なぜ、そんな対立が起きてしまうのでしょうか。その原因の一つは、発信者側の科学リテラシーの低さが放置されていることにあると考えます。

ある事柄について、研究者から論理的に説明されても、自分の感情や考えと一致せず、(研究者の)言っていることが理解できない――。サイエンスコミュニケーション分野で仕事をしていると、そんなケースに出くわします。

専門家(研究者)の中には、「どうして自分たちの説明が理解されないのか」が理解できない人が少なくありません。彼らは、実験なども経たうえで、自分は現時点で分かっている正しいことを言っているのに、それを否定する相手に出会うと、「いったい何ごとか?」と考えるわけです。科学は権威的なものだという意識がどこかにあるのかもしれません。
私も大学院教育(研究者教育)を受けているので、その気持ちが分からないでもないのですが、彼らには「間違いは正さなければならない」という思いがとても強いのだと思います。研究者人生で、そう教えられてきているからです。

当たり前ですが、嘘は言えません。ただ、それが強すぎる気がするのです。もちろん、周囲にも影響のある問題の誤りなら、強く正さなければならない時もありますが……。

また、教育上で培った癖なのか、一般の方が科学的な間違いをした時に、「勉強してください!」など、必要以上に強く指摘する専門家が少なくありません。時には、相手をののしる言葉すら使われます。当然そんな指摘をされた相手は、より感情的になります。互いに正しいことを言っていると思っていますから、なおさらですよね。すると、専門家の方もそういう場面に慣れていないため感情的になり、汚い言葉を使ったり、喧嘩のようなやりとりになってしまいます。

こうした状況は非常に良くありません。それはまるで、カップルや夫婦の言い合いにも似ています。相手から論理的に正しく指摘されて、「いや、そうだけど……」と反論しようとしたら、「言い訳しない!」と強く否定されてしまう。理解はするけど、納得できない。相手の主張を押し付けられて感情的にモヤモヤする――。言われた方は、心の扉を閉ざして、聞く耳をもたなくなるかもしれません。これでは、サイエンスどころか、もはや根底にある通常のコミュニケーション(相互の聞いて話すなどのやりとり)が成立しなくなります。

人は感情を中心として動く生き物です。論理的に言われても感情では受け入れられないことがあるはずです。「論理的に言えば全部良いだろう」では成り立たないこともあると、発信者側にもっと伝えないといけないと思っています。相手の感情の軸に寄り添って、そこから論理的に丁寧に対応するしか手はありません。

私は相手の科学的に間違っている内容を指摘する場合、相手の中でどこか肯定できる内容が少しでもないか探します。「〇〇のところの考えはおっしゃる通りです。でもその後が、▲▲です。」などコミュニケーションするようにしています。否定ばかりされると気持ちいいものではありませんから。

信頼できる情報源は二つ以上持て〜科学リテラシーを高めるために

先ほどChatGPTは、聞き手側のポイントとして「信頼できる情報源を求めます」と指摘していました。”信頼できる情報源をどうするか”の点についても、もう少し補足しておきましょう。

皆さんは、「ニセ科学」を使った犯罪の手口を見たことありませんか? 例えば、大学の名誉教授や現役の先生が登場して、「この商品、良いですよ」と推薦するといった具合です。

そういう方々は、商売として意図的に騙そうとしているのか、その人自身が本当に信じ込んでしまうのかは分かりません。でも、いかにも信頼できそうな専門家でも、変な道に入ってしまう場合が意外とあることを知っておいてください。どんな人でも、「絶対ありえない」とは言えないということです。

これは心理学のダン・カハン先生が言う、汚染されたサイエンスコミュニケーション環境というものです4。つまり勉強をして、自分の考え方に一致する知識のみが増えるほど、偏った状況・偏見などが、育ってしまう状況があるという事です。

発信者の中に、今は信頼できる情報源(名誉教授、医師、サイエンスコミュニケーター、小学校の先生など)があったとしても、数年後に同じ人物が、変なニセ科学的なものに加担してしまうことが実際に起こりえるという事です。

情報源が一つだけだと、こうした場合に機能しなくなります。

これを避けるには、複数の専門家をSNSでフォローするなど、情報源をいくつも持っておくことです。加えて、科学リテラシーを強めるには、複数のコミュニティで気軽に相談できる仲間をつくっておくことが最適だと思います。なぜ複数のコミュニティが重要かと言えば、同じコミュニティの中でいろんな仲間がいても、もしその集団が全体であなたを騙そうとしている場合は機能しなくなるからです。

生成AIなどが発展してきて、よりネット上では何が事実で、何が嘘なのか、境界があいまいになってきています。専門家でさえ、識別ができなくなってくることも多いでしょう。そんな世の中で、科学リテラシーを高めながらも、自分を過信せず、たくさんのコミュニティを作って人生を楽しみたいものですね。あっ、黒ラブ教授の科学コンテンツにも触れて、トキメク科学にも接してくださいね(笑)。万一つまらなくて科学を嫌いにさせたら、本当にごめんなさい(笑)。

さいたまスーパーアリーナでのサイエンスお笑いライブにて


1 加納圭・水町衣里・岩崎琢哉・磯部洋明・川人よし恵・前波晴彦 2013: 「サイエンスカフェ参加者のセグメンテーションとターゲティング:「科学・技術への関与」という観点から(改定版)」, 『科学技術コミュニケーション』 13, 3-16.
2 原田勇希・坂本一真・鈴木誠 2018:「いつ,なぜ,中学生は理科を好きでなくなるのか?-期待-価値理論に基づいた基礎的研究-」,『理科教育学研究』 58, 3.
3 長沼祥太郎 2015:「理科離れの動向に関する一考察-実態及び原因に焦点を当てて-」, 『科学教育研究』39,2.
4 Dan Kahan,2012 "Why we are poles apart on climate change",Nature, 488,255.