健全な情報空間を目指して 〜サマンサ・スタンリー氏インタビュー(上)

2023.09.22
img

新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)は、悪質な情報が社会や市民に与える影響の大きさについて、改めて私たちに思い知らせました。

「フェイクニュース」と呼ばれる情報が、ネット上で瞬く間に拡散し、医療機関への信頼を傷つけ、陰謀論を助長し、時には人の命をも奪うことに繋がった事例もありました。

2017年、非営利団体First Draftのメンバーだったクレア・ワードル氏(現・米ブラウン大学教授)が発表した記事「Fake news, It’s complicated」は、「フェイクニュース」を7つの分類に分け、話題を呼びました。ワードル氏は、その後、Information Futures Labを共同創業。現在、Labでは、「フェイクニュースの分類には注力していない」といいます。

Labメンバーであるサマンサ・スタンリー氏に、その理由と、Labが目指す健全な情報空間の今後について聞きました。2回に分けて、インタビューの内容をお伝えします。
(聞き手:在米ジャーナリスト 志村朋哉)

サマンサ・スタンリー(Samantha Stanley)
ブラウン大学Information Futures Lab研究・プログラムマネジメント担当参与。ニュースメディアリテラシーを専門とし、ジャーナリズムやニュースの境界線の変化と、それがメディア教育に与える影響を研究している。香港大学ジャーナリズム・メディア研究センターで修士・博士号取得。

 

志村朋哉
米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を執筆するジャーナリスト。ピューリッツァー受賞歴のある米地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターなどで10年以上働き、現地の調査報道賞を受賞。政治・経済、司法、文化、スポーツなど幅広く米国事情に精通し、日米の新聞、雑誌、オンラインメディアに寄稿するほか、テレビやラジオに出演してニュース解説を行う。著書『ルポ 大谷翔平』。

 

「フェイクニュース」という表現の危険性

ーー2016年のアメリカ大統領選以降、アメリカだけでなく日本でも、「フェイクニュース」という表現を頻繁に耳にするようになりました。ドナルド・トランプ元大統領が、自分の気に入らないニュースを「フェイクニュース」と形容し、繰り返し用いた影響が大きいと思います。メディアリテラシーの専門家からは、「フェイクニュース」という表現は役に立たないどころか、害があるという声が聞こえてきます。これは、なぜでしょうか?

「フェイクニュース」という言葉は、トランプ氏以前は、あまり一般的でない表現で、明確な定義もありませんでした。見方によっては、トランプ氏によって、我々がある程度共通の認識を持つようになったと言えるかもしれません。それでも、メディアリテラシーの教育者として、「フェイクニュース」という表現は役に立つとは言えません。

現代社会では、誰もがメディアに深く浸っています。スマートフォンやコンピュータを中心に生活が回っている。なので、様々な種類の情報や発信者の意図を理解する必要があります。それらは、違いが見えにくいこともある。

情報について、有益なのか、人を惑わすものかを判断できるような指標を探したり、情報を吟味する習慣を身につけるべきです。

善意で広がる偽情報もーさらに複雑化する「フェイクニュース」

ーーInformation Futures Labを共同創立したクレア・ワードル教授は、2017年に配信された記事で、「フェイクニュースは複雑だ」、として、事実でない情報をひとくくりにしないよう、カテゴリに分けていました。分類は、「誰が、何のため」に流したのかに基づいて7つーー1)風刺・パロディー(satire or parody)、2)誤った関連付け(false connection)、3)誤解を与える使い方(misleading content)、4)偽の文脈(false context)、5)偽装(imposter content)、6)操作(manipulated content)、7)捏造(fabricated content)です。

First Draft '7 types of mis- and disinformation' を元にスマートニュース メディア研究所作成(日本語訳)

しかし、ワードル教授やInformation Futures Labの研究者たちは、そうしたカテゴリー化には、もう注力していないと聞きました。理由を教えていただけますか?

2017年にクレアが記事を書いた時、我々は、この新しい情報社会の様相がどうなるかが見え始めているという段階でした。オンラインに溢れる事実でない情報は、悪意があるもの、単に不正確なものなど、千差万別なのだと。

当時は、information disorder(情報混乱)と総称される社会に悪影響をもたらす情報を、misinformation(悪意を伴わない誤情報)、disinformation(悪意を伴う偽情報)、そしてmalinformation(事実だが誰かを傷つける意図の情報)の3タイプに分類して考えることに注力していました。

しかし、First Draftの理念を引き継いだInformation Futures Labでは、オンラインに溢れる情報が複雑だということを前提としながらも、「情報の未来」に焦点を当てて研究しています。

偽情報の蔓延については、すでに多くの人が知っています。それに、偽情報に関する表現を逆に武器として利用する人々すら出てきました。例えば、過去1年くらいの間で、偽情報を抑制しようとする取り組みを検閲だと言う人が出てきています。

問題のある情報が溢れていて、偽情報が多種多様で複雑だということを踏まえた上で、良心のある人が良かれと思って事実や科学に基づかない不正確な情報を流してしまうことも多いことに、もっと目を向けるようになりました。

例えば、所属するグループや生い立ち、宗教などといった背景が要因となって、人々に疑似科学を信じさせてしまうことがあります。彼らは、自分たちが正しいと考える情報が、他人の命を救うことになると本気で信じています。そうした情報は、先ほどの7つのどれに分類すれば良いのでしょうか?7つの区分では収まりきらないくらい現実は複雑だと考えています。

ーー偽情報を分類するという作業は、有益ではあるのでしょうか?

役に立つ可能性はあります。情報を吟味することにデメリットはありません。情報の分類にはいくつかの方法が存在します。(クレアが示した)7つの分類はその一つです。こうしたツールは、情報の種類や発信者の動機、どこで情報に触れる可能性があるかなどを理解するのに役立ちます。一つ言えるのは、(情報に対峙する際に)一つのフレームワークだけに囚われる必要はないということです

社会全体に有益な情報配信の理想型とは

ーーInformation Futures Labで焦点を当てているという「情報の未来」の研究について、詳しく教えてもらえますか?

クレアやFirst Draftの研究は、「事実でない情報がオンライン上に溢れていること」に社会の関心を向けさせるものでした。しかし、今は「市民が最適な判断を下すために必要となる情報の質や量、アクセスのしやすさを、どうすれば向上できるのか?」を問うようになりました。

Information Futures Labで私たちが目指しているのは、人々が自身や家族、所属するコミュニティ、そして社会全体にとって最善の判断を下すのに必要な情報を得られるスペースが、どのようなものかを探ることです。そのために、「オンラインやオフラインのコミュニティにおいて、情報がどのように共有され、またアクセスされているのか。どんな情報を必要としているか」を理解することに務めています。

具体的には、公衆衛生に関する3つのトピックについて調査を行いました。妊娠と中絶、子供のメンタルヘルス、そして気候と健康です。それらのトピックについて、市民がどうやって情報を探して、見つかる情報の質がどうなのかを探り、それを踏まえた上で、(政府機関など)情報を配信する側ができることを考えていきます。人々が求めている答えが表示されやすくなるようなSEO(検索エンジン最適化)戦略や、ソーシャルメディアを使った人々の興味をそそるような情報提供などです。

ーー調査内容を教えてもらえますか?

例えば、「若い人のメンタルヘルス」に関する情報を、(ブラウン大学がある)ロードアイランド州の人々が求めている時、どんな情報が見つかるのかを調査しました。オンラインのグループで共有されている情報や、人々がGoogleでどんな質問を検索しているかを調べたのです。

判明したのは、地元の医療専門家の信頼できる情報が見つからずに、フラストレーションを感じている人々が多いということです。欲している人のところに、必要な情報が届いていないんです。

簡単かどうかは分かりませんが、これは解決できる問題です。そもそも悪意があってのことですらない。もしかしたら、政府や地元の医療機関、非営利団体に情報を効率的に配信するリソースが足りていないのかもしれない。私たちの目的は、そうした溝を明らかにすることです。

ーー妊娠と中絶については?

同じくロードアイランド州で「妊娠」に関する情報を探す場合について調査[1]しました。判明したのは、Googleで「妊娠」について検索すると、上位に表示される7、8つの情報は、crisis pregnancy centers[2](危機妊娠センター、略してCPCs)のものだということです。CPCsの多くは医療施設として認められていませんが、妊娠に関する情報を大量に発信・提供しています。

気をつけてなくてはいけないのは、CPCsが中絶に対して否定的だということです。中絶を選択肢の一つとして提示しないだけでなく、やめさせようとしたり、中絶のプロセスや健康への影響について誤解させるような情報を与えたりする場合もあります。

オンラインでインタビューに答えるサマンサ・スタンリー氏

なので、ロードアイランドで妊娠して情報を必要としている場合、幅広い情報を得るために多くのサイトをチェックする意志がないと、限られた知識をもとに重要な決断を下すことになります。中絶が良いか悪いかの話をしているのではありません。苦労して探すことなく、誰もが必要な情報に手軽にアクセスできることが重要だということです。

検索の仕方によっては、プレスリリースが上位に表示されることが多いことも判明しました。政府機関のプレスリリースの情報は、多くの場合、正確ではありますが、「今何をすべきか」を知りたい市民にとって、最も分かりやすい文章では書かれていないこともあります。


[1] 量的、質的調査の両方を組み合わせたリポート。「人工妊娠中絶は合法か」「ミフェプリストン(経口中絶薬)」などのキーワードをGoogle、Facebook、Twitter、Instagram、TikTok、YouTube、Redditで検索して結果を集計したり、Facebook、Instagram、Twitterで交わされているやりとりの内容を分析したりした。

[2] 妊婦に人工妊娠中絶の手術を受けないよう説得するために設立された非営利団体の一種

サマンサ・スタンリー氏インタビュー(下)~はこちらです。

インタビューの英語版(Creating healthy information spaces)はこちら