デジタル時代における表現の自由――ファクトチェックの実践と理論の観点から(上)

2023.09.11
img

曽我部真裕(そがべ・まさひろ)
京都大学大学院法学研究科教授
1974年生まれ。京都大学法学部、同大学院法学研究科修士課程、博士課程(中退)、司法修習生(第54期)、京都大学大学院法学研究科講師、准教授を経て2013年から現職。 放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会委員長、一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)共同代表理事、情報法制研究所(JILIS)副理事長、日本ファクトチェックセンター(JFC)運営委員長など。著編著に『情報法概説(第2版)』(共著、弘文堂)、『憲法Ⅰ 総論・統治(第2版)』『憲法Ⅱ人権(第2版)』(共著、日本評論社)など。

はじめに

2022年10月、日本ファクトチェックセンター(JFC)が活動を開始した。その名が示す通り、フェイクニュースへの対策として、ファクトチェックを行うことを活動の柱とする団体である。ファクトチェック団体には中立性あるいは公正性が強く求められることから、JFCのガバナンス体制の構築には細心の注意が払われている。具体的には、実際にファクトチェック対象の選定及びファクトチェック記事の執筆を行うのは編集部であるが、そのためのガイドラインの策定及び運用状況の評価・監督を行う運営委員会が設置されている(さらに、今後、監査委員会の設置も予定されている)。

筆者は、この運営委員会の委員長を仰せつかっている(が、本稿で述べる意見は、もちろん個人としてのものである)。本稿執筆に当たり、編集部からはこの職務を引き受けた理由についても尋ねられた。それはやはり、実践に理論的な裏付けを与え、また、現場から距離をおいて運用状況を見ることで現場に示唆を与えることができるだろうと考えたことによる。

理論といってもその抽象度は様々で、実践に結びつかない理論はすべて机上の空論で価値がないということはできないが、こと実定法の理論に関しては、何らかの意味で実践に結びつくものだろう。また、理論的な裏付けなき実践は、指針なき現場主義に陥り、外部からの批判にも耐えられず、持続可能なものとはならない。もちろん、様々な現実的な制約があるなか、理論的に望ましい姿がそのまま実現することはむしろ例外的であるが、その場合でも、理論は、あるべき姿からの「差分」を認識する物差しとなる。

筆者の専門はもともと法学、その中でも憲法である。近年の大きな社会変化の中で、既存の制度の根底的な見直しが各所で求められている。そうした中で、憲法学あるいはその研究者の果たしうる役割は大きい。実は、憲法学とは、制度設計の学でもあり、基本的人権を中心とする基本的な価値と、制度設計に当たってのあるべきプロセスに関する知見を提供しうるはずである。

本稿では、上記のような観点も踏まえ、まずはフェイクニュースの問題性や、JFCにおけるファクトチェックの取組について紹介をした上で、その意義と限界について、表現の自由に関する基本的な理論の1つである「思想の自由市場論」の変容について述べてみたい。

フェイクニュースとはなにか

一般にはフェイクニュースと呼ばれるが、専門的な文脈では偽情報と誤情報とが区別されることがある。簡単に言えば、誤情報(misinformation)が単に誤った情報のことを指すのに対し、偽情報(disinformation)は、何らかの利益を得ることや騙す意図をもつことを含んだ概念だとされる。このように、両者は概念的には区別が可能であるものの、現実には両者の区別は曖昧であるし、発信の意図がわからないことも多いため、実際の対策の際には特に区別されないことが普通である。したがって、ここでは、偽情報・誤情報ではなく、フェイクニュースと呼ぶこととする。

デマや怪文書のようなものもフェイクニュースの一種だとすれば、それは昔から存在する。しかし、インターネット、特にSNSが発達した今日では、フェイクニュースは一瞬にして拡散し、悪影響を及ぼす。

例えば、新型コロナウイルスやワクチンに関し、様々なフェイクニュースが流通したことは記憶に新しいが、一定割合の人々が信じたものもあった。総務省の調査によれば、例えば、「こまめに水を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある」「新型コロナウイルスは、中国の研究所で作成された生物兵器である」という情報は、2割から3割程度の人々が正しい情報だと思ったと回答したという。

さらに、フェイクニュースには、選挙時などに政治的意図をもって拡散されるものがあり、これは民主主義への介入だと言える。選挙時にデマや怪文書が出回るのは今に始まったことではないが、SNSによってその影響力が増幅されることがあることや、外国政府が背後にいる場合があることが、その脅威を高めている。民主主義への介入でもあるし、安全保障政策の文脈から見れば、影響力工作であるとかハイブリッド戦争といった概念のもとで捉えられる事態である。こうした懸念は、直近では、生成AIの登場と普及によって更に高まっている。

このように、フェイクニュースは、個人の生活を脅かす可能性があるほか、民主主義や安全保障にも影響を及ぼしうるものである。日本ではまだ民主主義や安全保障への脅威とまでは捉えられていないが、国際情勢が緊迫するなか、放置しておくことはできないだろう。

フェイクニュースへの対策

しかし、フェイクニュース対策は実は簡単ではない。確かに、限られた場合には、犯罪として処罰できる場合もある。例えば、虚偽の風説を流布し、人の信用を毀損したり、業務を妨害したりした場合は、信用毀損罪、偽計業務妨害罪として処罰される(刑法233条)。また、選挙運動に関しては、公職選挙法による厳格な規律がある。

しかし、先ほど挙げたコロナ関係の2つの情報のようなものは、犯罪に該当しないことはもちろん、その他の法律との関係でも違法ではない。仮に、法改正によって、こうした情報発信を違法化しようとした場合には、憲法の保障する表現の自由の不当な侵害として憲法違反とされる可能性が極めて高い。

他方、SNS事業者が、利用規約でフェイクニュースの発信を禁止し、違反した場合に削除することは可能である。しかし、事業者がある情報がフェイクかどうかを判断することは難しいし、真偽不明な場合に削除するとすれば、表現の自由との関係で適切ではないだろう。

そこで登場するのがファクトチェックである。専門性をもつファクトチェック団体が情報の真偽などを判断し、自らその結果を発信するとともに、その情報をSNS事業者が参照して、フェイクだと評価された情報を削除したり、削除まではしなくてもフェイクだと判断された旨の表示(ラベル)を行うといった対応をとることができる。なお、ファクトチェックの際には単純に真偽のどちらかという形で評価をするわけではなく、正確、ミスリード、不正確、誤り等の多段階のレーティングを行うことが通常である。

このように、フェイクニュース対策としてのファクトチェックは重要で、必要不可欠なものではあるが、他方で、様々な限界があることにも注意しなければならない。まず、フェイクニュースとファクトチェック記事とでは、前者のほうがはるかに早く広く拡散することが知られている。フェイクニュースは派手であったり意外だったり、あるいは人々のもっている偏見に合致したりするために人々の関心を引きやすいのに対し、堅実な調査と検証とを内容とするフェクトチェック記事は必ずしもそうではないのである。

また、定評あるマスメディアと個人との間に位置するいわゆるミドルメディア(まとめサイトやネットの話題を取り上げる「ニュースサイト」)は、広告収入目的で、真偽にこだわらずネット上の情報を安直に編集して発信し、フェイクニュースが拡散する要因となっているとも言われる。このように、ビジネスのエコシステムにフェイクニュースが組み込まれているとすれば、ファクトチェックの効果は大きく損なわれることになる。

さらに、最近では画像や動画による精巧なフェイクニュースが増加し、真偽の判断がより一層困難になってきている。こうしたものはディープフェイクと呼ばれるが、AI技術の驚異的な発展によって精巧なものを容易に作成することができる。さらに、今年に入って瞬く間に一般化した生成AIによって、動画・静止画・テキストいずれについても、フェイクニュースの作成が極めて容易になっている。

最後に、ファクトチェックが機能するためには、人々のリテラシーが重要である。情報の出所を確かめるといった基本的な作法のほか、ファクトチェックとの関係では、ラベルの意味をきちんと理解して情報を選別するなどのことが求められる。

このように、ファクトチェックの効果を阻む要因は少なくないが、これがフェイクニュース対策の基点となっていることには事実である。

日本におけるファクトチェックの取組 

日本におけるファクトチェックの取組の歴史は、総務省も間接的に関わりをもち、プラットフォーム事業者の多大な協力を背景とするJFCの設立をもって1つの転換点を迎えたと言っても良いと思われるが、それ以前にも関係者の熱心な努力があったことも忘れてはならない。

2012年に一般社団法人日本報道検証機構が設立されてマスメディアの報道を検証するGoHooというサイトを運営した(2019年解散)。また、2017年設立のNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が、「ファクトチェック推進機関」として、自らファクトチェックを行うわけではないものの、小規模のものが多いファクトチェック団体の支援を行ってきた。

他方、総務省「プラットフォームサービスに関する研究会」最終報告書(2020年2月)において、フェイクニュース対策についてプラットフォーム事業者等の民間での自主的取組が適当であるとされたことを受けて議論が進められ、冒頭に述べた通り、2022年10月に一般社団法人セーファーインターネット協会にJFCが設置された。

JFCは、ファクトチェック活動を行うとともに、デジタル時代のメディアリテラシーについての発信・普及活動にも取り組んでいる。ファクトチェックを実際に行うのは編集部であるが、このほか、ファクトチェックガイドラインを定めたり、その他編集部の活動を監督する運営委員会がおかれており(さらに、監査委員会の設置が予定されている。)、ガバナンスの確保が重視されている。これは、フェクトチェックには独立性、公平性が求められていることによる。

2023年4月には半年間の活動を振り返るプレスリリースが発表されているが、それによれば、87本のファクトチェック記事を公開しており、同じ時期にJFCを除く7つのメディアから公表されたファクトチェック記事の合計82本を上回っており、JFCは国内でのファクトチェック活動において中心的な存在となっていると言えよう。

また、同年5月には、国際的ファクトチェックネットワーク(IFCN)への加盟が認められた。これは、その前月に認められた認定NPO法人「InFact」に続いて国内2例目である(なお、翌月、「リトマス」も加盟。)。

次に、理論編ということで、ファクトチェックの憲法的基礎としての「思想の自由市場」論について考えてみたい。

 

デジタル時代における表現の自由――ファクトチェックの実践と理論の観点から(下)はこちらです。