トークイベント「生成AIは、教育をどう変えるか」開催レポート2~:生成AI時代の資質・能力を、どう育てるか

2023.08.02
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Chat GPT(チャットGPT)に代表される生成人工知能(AI)の進化が教育界にも大きなインパクトを与える中、学校はAIとどう付き合えばいいかのヒントを探るトークイベント。

全3回に分けて掲載する議論の2回目は、生成AI時代に必要な資質・能力をどう育成するかについて話し合った模様を紹介します。

笹原和俊 東京工業大学 准教授
専門は計算社会科学。ビッグデータ分析、計算モデル、オンライン実験などの手法を用いて、社会現象の理解と社会課題の解決に取り組んでいる。

田中泰貴 戸田市教育委員会 教育政策室主幹兼指導主事
文教大学を卒業し、カナダに留学。埼玉県の公立小学校教諭に採用後、香港日本人学校、文部科学省への出向を経て、2023年より現職。

浜本階生 スマートニュース株式会社 COO兼チーフエンジニア
東京工業大学卒業後にベンチャー企業のソフトウエアエンジニアとなり、数々のコンテストで受賞。Rmake取締役を経て12年にスマートニュースを共同創業し、19年より現職。

山脇岳志 スマートニュース メディア研究所 所長
京都大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。ワシントン特派員、論説委員、『GLOBE』編集長などを経て、アメリカ総局長。帰国して編集委員となった後、2020年退職。スマートニュース メディア研究所研究主幹に。22年から現職。

「AIを使いこなす力」育成が重要

山脇 戸田市は戸ヶ﨑勤教育長が先頭に立ち、エビデンス(客観的な証拠)ベースを意識しながら、教育改革を進めている先進新自治体です。新技術に対しても、前向きに捉えているのでしょうか。

田中 戸田市教育委員会では「産官学との連携によるSEEPプロジェクト」を進めています。SEEPは、Subject(教科の本質を捉えた授業改善をはじめ、すべての取り組みを学びに結び付ける「戸田型授業改善モデル」)、EBPM(Evidence-Baced Policy Making=「授業」「生徒指導」「学校」「学級経営」を科学する)、EdTech(Education×Technology=テクノロジー活用による新たな学びの創造)、PBL(Project-Based-Learning=実生活・実社会のリアルな課題を探究的に解決する学びの創造)の頭文字です。

AIでは代替できない力や、AIを使いこなす資質・能力である「21世紀型スキル」「汎用的スキル」「非認知(社会情動的)スキル」の育成を目指そうというものです。

戸田市の教育改革の取組(令和5年度)

山脇 夏休みの宿題や読書感想文に、チャットGPTを使うのは禁止していますか?

田中 東京都教委が生成AIの取り扱いについて、文部科学省の方針を待たずに都立高校に通知したというニュースがありました。やはりチャットGPTのコピー&ペーストはNGのようです。一方で、学習指導要領に定められている「情報活用能力」の育成ということも強調しています。

戸田市では、現時点で、特に制限は設けていません。先ほど申し上げたような児童生徒に身に付けさせたい資質・能力を育成する上で、どういう活用方法が必要かを学校現場に考えてほしいのです。

山脇 宿題や課題の出し方に、どのような工夫が考えられるでしょうか。

田中 課題に取り組む場合の補助や、相談相手として活用することが考えられます。いかに課題を社会の文脈の中で考え、うまく活用できるかが問われます。

山脇 先ほどの「生成AIは人間の思考を簡単に上回る。身体性が必要だ」(開催レポート1参照)という指摘については、いかがですか。

田中 衝撃的ですね(笑)。問いを立てる力や、情報の真偽を見極める力がますます必要になってくるでしょう。

高次の思考力を段階的に育んでいくことが、ますます義務教育の役割になるのではないでしょうか。学習指導要領の総則には、情報モラルを含む情報活用能力を、言語能力や問題発見・解決能力と並ぶ「学習の基盤となる資質・能力」と位置付けています。。そのことを改めて認識しながら教育活動をしていかなければならない、と心を新たにしたところです。

ますます重要な「吟味思考」

山脇 生成AIがなめらか自然言語で文章を生成してくれるということは、だまされやすくなるということにもなりますね。例えば、これまでだと、外国からの詐欺メールの場合、翻訳ソフトを使っていても日本語がなんだか変なので怪しいと気付くことができました。ですが、生成AIの作った文章なら本当らしく見えてしまいます。フェイクニュース(誤情報・虚偽情報)を見抜くためにも、ベースとなる知識やクリティカルシンキング(吟味思考)のような能力が重要になってくるでしょうか。

笹原 おっしゃる通り、情報を一つひとつ確認する作業は不可欠になってきます。生成された情報についても、人のアイデアを盗用していないか、著作権に違反していないかを確認する必要があります。

山脇 生成AIを使うことで、クリティカルシンキングの力が衰えるようなことは考えられるのでしょうか。経済協力開発機構(OECD)の国際教員指導環境調査(TALIS)を見ると、自分の指導について、「生徒に批判的思考力を促す」と答えた教員の割合は、参加国平均で約8割なのに対して、日本では2割台と最も低くなっています。そもそも日本の教育では、クリティカルシンキング自体を重要視してきていないようにも感じますが。

OECD の国際教員指導環境調査(2018年)を元にスマートニュース メディア研究所で作成

笹原 今年2月に『ディープフェイクの衝撃―AI技術がもたらす破壊と創造』(PHP新書)を出しましたが、ますます不確実な情報発信が増える生成AIの時代だからこそ、クリティカルシンキングを意識しなければいけません。

子どもにとって生成AIは、ドラえもんのような存在かもしれませんね。尋ねれば、ただで何でも教えてくれますから。だからこそプログラミング教育を手始めとして、AIがどういう仕組みで動いているのかを学んでおいてほし

いです。小中学校でも可能ではないでしょうか。そうすれば、出てきた情報に対

しても疑い深くなれます。「AIは知識はどうやって獲得するのか」を学ぶ機会にもなるでしょう。

子どもも教員も産官学の連携で学ぶ

山脇 デジタルメディアに携わる企業として、教育に求めるものはありますか。

浜本 やはりクリティカルシンキングや、デジタルリテラシーは不可欠です。それに加えて、倫理を身に付けることも大切ですね。誰でも発信したい情報を発信できる力を持てる時代になると、技術を正しく使って人間社会をいい方向に持っていこうという倫理観が一人ひとりに問われます。

田中 戸田市でも、デジタル・シチズンシップ(デジタル社会の市民性)教育を進めていますが、学校だけでは難しい部分も正直あります。教員も手探りなので、企業や大学の知恵をぜひお借りしたいですね。

山脇 スマートニュース メディア研究所でも出前授業や教員向け研修プログラムを実施していますが、アルゴリズムのことなど、検索エンジンの情報の表示の仕組みの基本を知らない先生が少なくないのが実情です。子どもたちは学校できちんと教わる機会のないまま、社会に出ていくことになります。そんな状況を、どう変えていけばいのでしょうか。

田中 確かにエコ-チェンバー(同じ意見を持つ者同士が話し合うことで、さらに意見が強化される)とかフィルターバブル(検索サイトやニュースサイト、アプリが提供するアルゴリズムによって、ユーザーが、自分の見たいものしか見えなくなってしまう現象)という言葉も知らない教員は少なくありません。出前授業などがあると、子どもと一緒に学ぶことができます。産官学が一緒になって子どもたちの資質・能力を育てるという視点も大切だと思います。

*本稿は全3回に分けて掲載する議論の第2回目。

第1回 そもそも生成AIとは、どういうものか はこちら

第3回 生成AIと付き合うために、必要なことはなにか はこちら