Chat GPT(チャットGPT)に代表される生成人工知能(AI)の進化が、教育界にも大きなインパクトを与えています。文部科学省は、2023年7月4日、「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を公表、「現時点では活用が有効な場面を検証しつつ、限定的な利用から始めることが適切」との見解を示しましたが、学校現場からは、そもそもAIについてよく知らないし使ったこともないし、不安だという声も聞こえてきます。
スマートニュースメディア研究所では、このような不透明な情勢の中で、教員の方々がAIと付き合うヒントを探るため、教育関係者とAIの専門家を招き、トークイベントを開催しました。(実施日は、2023年6月21日)
AI研究の第一人者である東京工業大学准教授の笹原和俊さん、埼玉県戸田市教育委員会の主幹兼指導主事の田中泰貴さん、スマートニュースで技術部門を統括するCOO兼チーフエンジニアの浜本階生の3人の方々に登壇いただき、モデレーターはスマートニュース メディア研究所長の山脇岳志が務めました。
3回に分けて、議論の概要をご紹介します。
笹原和俊 東京工業大学 准教授
専門は計算社会科学。ビッグデータ分析、計算モデル、オンライン実験などの手法を用いて、社会現象の理解と社会課題の解決に取り組んでいる。
田中泰貴 戸田市教育委員会 教育政策室主幹兼指導主事
文教大学を卒業し、カナダに留学。埼玉県の公立小学校教諭に採用後、香港日本人学校、文部科学省への出向を経て、2023年より現職。
浜本階生 スマートニュース株式会社 COO兼チーフエンジニア
東京工業大学卒業後にベンチャー企業のソフトウエアエンジニアとなり、数々のコンテストで受賞。Rmake取締役を経て12年にスマートニュースを共同創業し、19年より現職。
山脇岳志 スマートニュース メディア研究所 所長
京都大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。ワシントン特派員、論説委員、『GLOBE』編集長などを経て、アメリカ総局長。帰国して編集委員となった後、2020年退職。スマートニュース メディア研究所研究主幹に。22年から現職。
ウェブ上の情報が「集合知」
山脇 米オープンAIが22年にチャットGPTを公開して以来、生成AIが突然、爆発的に世界に広がった感があります。そもそも技術的には、どういう状況なのでしょうか。
笹原 もともとAIは、たくさんの情報を識別する技術として開発されてきました。
それが生成AIの登場で、自然言語で命令することによって、本物そっくりだけれども人工的な文章や画像のデータを作り出すことができるようになりました。
AIは、ウェブ上の膨大なデータを、深層学習(ディープラーニング)という手法で学んでいます。脳のシナプスを模して、ここ10年ほどの間に発展した技術です。
ネットにある大量のデータをいわば集合知として構造化した知識を、対話形式で引き出せるようになったことが、生成AIが急速に普及した理由だと考えています。
AIは膨大なデータから常に学び続ける「強化学習」を通して、言葉のつながりを学習し、人間なら次にどんな言葉を使う可能性が高いかの確率を計算して予測し、言葉を生成しているわけです。
人間は新しい技術が出てくると、恐れを抱くものです。例えばそろばんを使っていたのに、電卓が出てきたら「計算力が落ちる」というようにですね。しかし、むしろイノベーション(革新)を生む源泉となりました。
AIも、使えば使うほど性能は上がり、人間ができることも増えていきます。いたずらに活用を恐れることはありません。
翻訳やロールプレイングに利点
山脇 日本語から英語への翻訳もスムーズですよね。ネイティブスピーカーのような自然な文章を作ってくれます。
笹原 検索エンジンの翻訳機能より、自然な文章になりますね。推敲に使うと、さらに正確な文章を生成してくれます。
企業では、日々の業務の生産性を上げることが期待されています。自分自身も、生成AIをアシスタントとして使っています。何かを作る際に、叩き台を作ってもらって、それを参考にしたり。大学の仕事でも、例えば科学研究費を申請する際に使えば、指定した字数通りに報告書を要約してくれたり、申請文をいい感じに伸ばしてくれたりもします(笑)。研究計画書のたたき台も、すぐに作ってくれます。
山脇 浜本さんは、ふだんからChatGPTも使っておられると思いますが、教師の方が使えそうな、1使い方の例はありますか。
浜本 チャットGPTは、ロールプレーイング(役割演技)が結構上手なんですよ。何らかの役割を指示して、その役割を演じてくださいと言うと、そのとおりにやってくれる。試しに「クモは昆虫ですか。小学3年生にも分かるように説明してください」と打ち込んでみましょう。(手元のパソコンに打ち込むと、投影画面に以下のような文章が続々と生成される)「クモは、実は昆虫ではありません。『節足動物門』に属する生き物で…昆虫は『昆虫綱』に属します。小学生にもわかりやすく説明すると、たとえば、サッカーチームがいくつかのチームで構成されている大きなリーグに属していると考えてみてください。…クモと昆虫はどちらも節足動物という大きなグループに属していますが、それぞれ異なる『チーム』、つまり綱に属しているのです」。
最初から全部指示しなくてもいいんです。後から「~してください」と対話するように付け加えていけば、一緒に作業をするような感覚で生成物を作ってくれます。例えば「太陽系の惑星の一覧を表にしてください。衛星の数と、直径を入れてください」と打ち込むと、(実演しながら)このようにチャットGPTが「もちろんです」と言って、すぐ表にしてくれます。後から「公転周期も追加してください」と打ち込めば、また「もちろんです」とすぐ追加してくれます。
まだ「腫れ物」扱い、まずは使ってみること
山脇 便利な時代になりましたね。でも、生成された文章は信用していいのでしょうか。
浜本 鵜呑みにはしない方がいいですね(笑)。現状では英語の情報が中心で、日本語が十分取り入れられていません。日本特有の知識などはかなり怪しくなります。
山脇 私のことを聞くと、「スマートニュース社の共同創業者」と出てきます(笑)。
田中さん、教育現場では生成AIの使い方について、どのように検討されていますか。
田中 現状は動きが鈍いですね。どのように扱っていいか分からないことだらけで、腫れ物には触らないでおこう、というのが現場の本音ではないでしょうか。
5月19日付で文部科学省から「Chat GPT等の生成AIの学校現場の利用に向けた今後の対応について」という事務連絡がありました。利用は13歳以上▽18歳未満は保護者の許可が必要――というオープンAI社の利用規約が示されてからは、これに応じた取り扱いがなされています。
積極的に対応している自治体は、さいたま市、佐賀県など全国的にも少数のようですね。戸田市教委でも県教委を経由した事務連絡を受けて、各学校に文書を発出し、先生方には「積極的に使ってみてください」と伝えてあります。興味のある先生からは問い合わせがありますし、研修に使っている学校もあります。
山脇 学校が子供たちの使用を規制していくことは、実際問題可能なのでしょうか?
浜本 子どもの利用を制限する規約があっても、守られない可能性はあります。チャットGPTの技術は、オープンAIのチャットGPTの中だけに閉じているわけではなく、他のアプリケーションなどにも開放されているからです。既に多数のアプリに入っているわけですから、それらをすべて探知して使えないようにすることなど不可能です。
山脇 仮に、学校で制限しても、保護者が宿題を手伝うなど家で使うことも考えられますね。
田中 家庭での使用は制限できないので、やはり子どもたちがどう正しく使っていくかは学校教育で学んでいく必要があると考えています。
山脇 そのためにも先生方が基礎を学ぶ必要はあるでしょうか。
田中 先生方が使ってみることは、大前提ですね。まずは教材研究にどう使えるか、業務がどれくらい楽にできるかなど、体験してみることが必要だと思います。逆に、使うと時間がかかってしまう業務も見つかることでしょう。
山脇 現状では、抵抗感の強い先生も少なくないのでしょうか。
田中 GIGAスクール構想で1人1台の情報通信技術(ICT)端末が一気に整備された時と同じですね。積極的に使う先生と、そうでない先生に二分されてしまいます。生成AIをどう使えばどれだけ生産性が上げられるのか、使いながら理解していくことも大切です。
「自我」のないAIに人間は安心できるか
山脇 人間とAIは今後、どう付き合っていけばいいのでしょう。そもそもAIは「自我」を持ちうるのでしょうか。人間のように自我を持って考えるロボットは将来、技術的に可能なのでしょうか。
浜本 今のチャットGPTが自我を持つことはあり得ません。ただし、あたかも自意識を持っているように見えることはあります。あと1、2年の技術の進化で、今よりも自我があるように見えてくることでしょう。
人間のような感性と思考回路を持ったAIを汎用人工知能、あるいは「強いAI」と呼んでいます。チャットGPTは、汎用人工知能の最初のバージョンだと言う主張もあります。そういう意味では、自我を持つ存在に一歩近づいたと言えるかもしれません。
笹原 今のAIが自我を持てないのは、「学習」の仕方が人間とは違うからです。ウェブ上に存在する書き言葉から次に来る単語を予測するだけのAIと、視覚・聴覚など身体感覚を使って学ぶ人間とは、本質的に違います。
ただ、人間のように手や耳、足を持って、触ったり匂いをかいだりしながら学習するAIが出てきたら、もう少し人間に近くなるかもしれませんね。
山脇 「子どもが生成AIを使うことに慣れると、思考力が衰えるのではないか」という懸念も聞かれます。ただ、生成AIが簡単に人間の思考力を上回る成果物を生成してしまうと、人間の存在価値とは何なのかが問われてしまうことになりかねません。
笹原 そういう意味では、AIに欠けているのは、身体性かもしれませんね。身体と環境の相互作用は、今のAIには決してできないことです。
重要なのは独創性をどう生み出すか
浜本 人間の思考力なんて、実は大したことがないのかもしれません。私たちはつい「人間の思考力は高度で素晴らしい、奇跡のようなものだ」と思いがちになりますが、穴埋めの積み重ねをしているにすぎないチャットGPTが簡単に人間の思考を再現できてしまうのですから。自我にしても仏教の「空の思想」にある通り、むしろ理性を妨げるものかもしれません。
人間はそんな単純な思考ではなく、もっと高次の、真の意味での独創性を発揮しなければならないのかもしれない、そんなことを考えています。
山脇 笹原さんが今お勤めの東京工業大では、どのように生成AIを使うように指導しているのですか。
笹原 私が技術経営系の社会人向けに講義をする際には、積極的に使ってもらい、イノベーションの事例を生み出すよう課題を出しています。その際「あなたのオリジナリティー(独創性)はどこにあるかも明記してください」と指導すると、結構うまくいきますね。
ただ、学部で同じような課題を出すと、いいレポートを仕上げてくる学生と、もともと講義内容に興味がないので、AIの回答をただ出しただけというレベルの学生に二分されますね。点数の差を付けるのが難しいレポートも増えてきました。ただ、単にチャットGPTの回答をコピー&ペーストしたものかどうか、判定は難しいですね。
山脇 不可になることはあるのですか。
笹原 チャットGPTのコピペでも、受け取らないということはないですね。結局はオリジナリティーがあるかどうかで判定します。
山脇 教員の仕事は楽になりましたか。
笹原 事務作業を効率的にできる分、研究の時間に回すことができます。
また、例えば「フラクタル・イノベーションとは何ですか」と質問すると、「フラクタル(樹木や雪の結晶のように、小さいな部分が全体と同じ形に見えるような再帰的な構造)とイノベーションの概念を組み合わせて、「AIの妄想」が回答として帰ってくるわけですが(笑)、それは人間単独では思いつかないような組み合わせの新奇な答えになることもあります。
*本稿は全3回に分けて掲載する議論の第1回目。
・第2回 生成AI時代の資質・能力を、どう育てるか はこちら